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走れ!バカップル列車
第66号 寝台特急カシオペア(前編)



   二

 カウンターに差し出された寝台券に目をやる。
「カシオペア号(展望室) 一号車 一番 個室 カシオペアスイート」
 たしかにそう書いてある。
「お間違えがないか、お確かめください」
 若い駅員に言われ、日付、列車名、号車、席番号を確認する。
「ええ、ええ……、これです……間違いありません」たしかに念願の寝台券がいま目の前にある。「いやあ、本当に取れるもんなんですね」
 感激のあまり、思わずそういうと、
「ええっ、私も実際取ったのは初めてです」
 駅員も興奮を抑えきれない様子だ。「最初、取れなかったんですよ。あー、ダメだと思ったんですが、押し続けたら、どういう訳か、何秒かしたあとに取れたんです」
「なんででしょうね」
「いったん取って、すぐまたキャンセルしたんだと思いますが」
 せっかく取れた寝台券をなぜすぐキャンセルしたのか疑問は残るが、理由はともかく取れたことには変わりはない。ダダダダッという連打のおかげだ。
「これでよろしいですか? お間違えないでしょうか」
 もう一度、そういわれる。
「これでいいです。これでお願いします」
 そうして支払いを済ませ、正式に「カシオペアスイート」の寝台券を買った。
 家に帰るとみつこさんがいて、
「なに買ってきたの?」
 と訊かれた。密かに進めていた計画なのでみつこさんにはなにも言わずにでかけたが、もう寝台券は取れたのだから隠していてもしかたがない。
「みちゃん」
「なに」
「これなんだけどね……」
 そういいながら、「カシオペアスイート」の寝台券をみつこさんに手渡した。
「えっ!? これ、取れたの?」
「うん」
「『カシオペア』の?」
「うん」
「いちばん後ろの展望車?」
「うん」
「すごいじゃーん!」私より、みつこさんの方が興奮している。
「うん、すごいな」
「なによぉ、つまんなさそうな顔して帰ってくるから、また取れなかったのかと思ったよっ!」
「いや、つまんない訳じゃないんだけど」
「じゃあ、もっとうれしそうな顔をしなよ」
「いや、うれしいことは、うれしいよ」
 うれしいときにうれしい顔ができないのは、ひねくれた性格が故である。

 とにかく寝台券は無事取れた。しかしその後に思わぬ落とし穴が待ちかまえていた。
 食堂車の予約券を買っていなかったのである。念願の「スイート」の寝台券が取れてすっかり安心してしまい、「食堂車を予約しなきゃ」と重くなってしまった腰をあげたのは一週間後のことだった。
 こんどはみつこさんも一緒だ。せっかくの機会だからと食堂車でフランス料理のコースを食べようと決意して、いそいそとみどりの窓口に赴いた。気分的には余裕である。ところが、
「おや、満席ですね」寝台券が取れたときとは別の駅員が困った顔でいう。
「ええっ!?」
 二人して人目もはばからず叫んでしまう。とたんにどん底に突き落とされる。
「フランス料理は十八時三十分と二十時十分からの回があるんですが、どちらも満席です」
「じゃあ、もうひとつの懐石御膳は?」
「懐石御膳は三回あるんですが……、いちおうぜんぶ見てみますね」駅員は心なしか焦った様子でコンピュータのボタンを叩く。
「こちらも満席ですね……。『カシオペア』はしばらく運転してなかったので、この時期、集中しているのかもしれません」
 困った。こうなると個室でわびしく駅弁を食べるしかないのか。
「寝台券はどちらの寝台ですか?」
「一号車一番の『スイート』ですけど」やや誇らしげにいう。すると駅員は、
「それでしたら懐石御膳のルームサービスができるので、そちらでお取りしましょうか」
「そんなのがあるんですか?」
「『カシオペアスイート』と『カシオペアデラックス』だけに提供するサービスです」
「じゃあ、それでお願いします」
 ルームサービスだとすんなり予約をとることができた。予約券に名前と寝台番号を入れるというので、名前を書いて寝台券を提示する。
 出てきた予約券を眺めながら、世の中はつくづくよくできているものだと思う。
 鉄道おたくとしては恥ずかしい話だが、「カシオペアスイート」と「カシオペアデラックス」に懐石御膳のルームサービスがあるとは知らなかった。むしろそれは「スイート」「デラックス」の乗客だけの特権なのだから、大いに利用した方が良い。フランス料理なら「北斗星」でも「トワイライトエクスプレス」でも食べることができた。こんどはゆったりと個室でルームサービスを受けることにしよう。
 これでよかったのだ。もし、すんなり食堂車のフランス料理が取れてしまったなら、「スイート」の乗客だけのルームサービスを受けることができなかった。足りない知識を、予約券の売切れという偶然が補ってくれたのである。だから世の中は本当によくできている。まるで最初からそうなるよう決まっていたかのようだ。



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