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走れ!バカップル列車
第66号 寝台特急カシオペア(前編)



   一

 バカップル列車の十周年記念号をどこで走らせるかについて、みつこさんと私では当初、意見がわかれた。
 私はせっかくの記念号なので豪華寝台特急「カシオペア」がいいかと考えていたが、みつこさんは三陸鉄道に乗りたいといい、たしかに三陸鉄道の方が十周年記念にふさわしいと私も納得して、二○一四年秋に三陸鉄道に乗車した。
 それはそれで良い。結果的には、三陸の旅は鉄道も食べものも充実していて、記念号とするには充分な内容だった。
 しかしそれはそれとして、やはり寝台特急「カシオペア」にも乗りたい。そんなことを言えばふつうは叱られてしまうだろう。みつこさんに限らず、もう充分乗ってるじゃないかという声があちらこちらから聞こえてきそうである。
 元来、根が欲張りなのである。鉄道おたくとはそういうものなのだと思う。食べても食べても、おなかがすけばまた食べたい。食欲と同じである。だから三陸鉄道にも乗りたいし、「カシオペア」にも乗りたい。
 とくに「カシオペア」はただひとつまだ乗車していない豪華寝台特急である。
 いま国内の豪華寝台特急には「北斗星」(上野〜札幌間)、「トワイライトエクスプレス」(大阪〜札幌間)、「カシオペア」(上野〜札幌間)の三系統がある。いずれも青函トンネルを通過して北海道の札幌まで走る列車で、ゆったりとした個室寝台にフランス料理のフルコースを用意した食堂車を連結している。
 そしてそのいずれもが北海道新幹線開業を前にして風前の灯火である。「トワイライトエクスプレス」と「北斗星」は二○一五年三月十四日のダイヤ改正で廃止されることがすでに決まっている。「トワイライト」は三月十二日発が最終列車となり、「北斗星」は改正以降八月までは臨時列車として残るが、それ以後運転の予定はない。
 幸運なことに私たちはこの春に廃止される二つの寝台特急には乗ることができた。「北斗星」は二○○九年六月(バカップル列車第39号)に、「トワイライト」は二○一二年十二月(第55号〜第57号)にバカップル列車を走らせている。「北斗星」では一列車に四部屋しかない個室寝台「ロイヤル」、「トワイライト」では一列車に二部屋しかない豪華個室「スイート」に乗車した。
「北斗星」の「ロイヤル」は最初の一回で寝台券を確保できたが、「トワイライト」の「スイート」はたいへんだった。八月はじめから十一月下旬まで三か月半ほどみどりの窓口に通い詰めた。駅員に何度もなんども「ダメでした」と言われ、結局とれた寝台券も当初希望していた車端部展望式の「スイート」ではなく、編成中央にあるもうひとつの「スイート」だった。もちろん、こっちの寝台券すら取るのは容易ではなく、実際の乗車もとても楽しかったから、私としては満足だった。
 残るは「カシオペア」だ。この春の廃止は免れたが、それも北海道新幹線開業(二○一六年春)までの命だろう。いまのうちに乗っておきたい。しかも「カシオペア」にも車端部展望式の「スイート」がある。「トワイライト」ではとれなかっただけに、こんどこそ展望室に乗りたい。
 この思いは強烈である。これに乗れなかったら、死んでも死にきれない。そのくらいの意気込みと覚悟で私は臨んだ。二○一四年八月下旬、私はその強固な意志そのままにみどりの窓口に赴き、駅員を圧倒するほどの勢いで「『カシオペア』の『スイート』一号車一番の寝台券ください」と言った。その期待通りに駅員はコンピュータを操作し、乗車日一か月前の午前十時の時報と同時にボタンを押してくれた。いわゆる「十時押し」というやつだ。
 でもダメだった。
「カシオペアスイート」の寝台券はやはりとれなかった。
 その後しばらく「カシオペア」の寝台券は発売されない。二○一四年十月二日から十二月十七日まで、二年に一度の定期車両点検のため運転がない。定期列車なら、予備車を含めて複数の編成を用意して毎日運転するのだが、「カシオペア」はE26系という専用車両が一編成しかないので、その車両が点検に入ると列車が運転できないのである。次の運転がはじまるのは十二月十八日(上野発)で、二か月半ほど待たねばならない。国産松茸の料理を食べようとか、三陸旅行の準備とか、いろいろなことに忙殺され、私自身、「カシオペア」のことはしばらく忘れていた。

「カシオペア」のことを思い出したのは三陸から帰ってしばらくした十一月半ばのことである。そろそろ「カシオペア」の運転が再開される一か月前の日が近づいてくる。寝台券を取るなら、いまがチャンスだ。
 十二月下旬は列車が意外に空いている。考えてみれば、ビジネス客は別として、正月休み直前で年末の慌ただしい時期にのんきに旅行するひとは少ないのである。だから二年前のこの時期に「トワイライト」の「スイート」が取れたのだ。
 ことしもその作戦に出ようと思う。ただし運転再開の初日、十二月十八日は私も旅行に出かけるだけの日程がとれない。車両は一編成だから下り列車と上り列車が隔日で運転される。次の上野発は二十日だ。しかしその日も無理。そうなると運転再開後に私たちの乗れるのは十二月二十二日ということになる。それならばこの日に乗ることにしよう。私はそう決めた。その一か月前にあたる十一月二十二日、私は颯爽と水道橋駅のみどりの窓口に向かった。
 窓口にたどり着いたのは九時四十五分ごろ。少し早いかなと思ったのだが、運の悪いことに先客がいる。見るからに私たちの仲間といった風貌のお兄ちゃん。先客がいると、そのときはそのひとを優先して「十時押し」をするので、私の分を十時押ししてもらえる可能性はゼロに近くなる。半ば諦めの気分になったが、いちおう駅員に申し込んでおいた。案の定「こちらのお客様の次になります」といわれた。横目で先客を恨めしく睨みながら、念じる思いで十時の瞬間を待った。
 ダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!
 午前十時○分○秒、ブラインドを半分閉めた窓口の向こうから、猛烈な勢いでボタンを連打する音が聞こえた。ダダダダダダダッ……必死にテレビゲームでもしているかのようだ。しばらくして「あー、ダメだ」という声がもれてくる。やはりダメだったかと思いきや、またしばらくして「あっ、取れた!」という声が聞こえてきた。
(取れた? どっちが!?)
 しばらくの間、窓口の向こうは静かになり、沈黙の時間が過ぎる。やきもきしながら、駅員が出てくるのを待つ。
 やがてブラインドが開いて、先客が呼ばれた「トワイライトのお客様……」
(そうか、このお兄ちゃんは「トワイライトエクスプレス」に乗ろうとしていたのか)
 果たして、「取れた」のは「トワイライト」なのか、「カシオペア」なのか? ドキドキしながらその瞬間を待つ。
「申し訳ありません。取れませんでした」
 駅員が先客にそういった。気の毒に。昨年の自分の姿を見るようで私もいたたまれなかったが、同時にもうひとつの期待がこみあげてくる。取れたのは「カシオペア」じゃないのか?
 次に私が呼ばれた。「カシオペアのお客様……」
 不安と期待にどうかなりそうになりながら窓口にたどり着くと、駅員はおもむろに横長の切符を差し出した。
「取れました!」



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