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走れ!バカップル列車 《10周年記念号》
第65号 大船渡線・気仙沼線BRT



   二

 昨夜、私たちは気仙沼駅からタクシーに乗り、海近くにぽつんと建つ小さな旅館風のホテルに泊まった。
 宿の晩ごはんはおいしかったが、宮古で食べたお寿司がおいしすぎたので、むしろふつうに感じてしまった。人間の感覚とはおそろしいものだ。しかし追加で注文したフカヒレの姿煮はプリプリとした感触といい、味付けといい、格別だった。
 最上階(五階)には大浴場があって、夕食前と夜中の一時ときょうの朝ごはん前の三回入った。それだけで元は取ったという実感が湧いて、私は満足した。
 九時半ごろ宿をチェックアウトし、港のあたりを散歩することにした。明け方にみた漁火はなにを獲る船だったのか確かめたいという思いもあった。予定している気仙沼線BRTの発車は12時56分発なので、時間は充分ある。
 宿の外に出て、あたり一帯を見渡す。昨夜見えなかった景色が陽の光のもとに姿を現す。だいたいが更地であった。道路だけがかろうじて元の町の場所を示している。宿の建物も三階から上は古いままなのに、玄関、フロントから二階までが新しいのは津波被害のあと壊れた箇所を修復したからだ。
 宿は気仙沼線の南気仙沼駅があったところから三百メートルほど東に来たところにある。この付近、地盤沈下が起こったらしく、三年前に私が一人で来たときはあちこちに水たまりができていた。宿からさらに二百メートルほど東に行けば海に出るが、港はもう少し湾の奥の方にあるようなので、みつこさんと私は寂しい道を北の方へと歩く。
 百メートルほど離れたところに別のビジネスホテルがある。道路から一段高い地盤に建っている。かさ上げ工事をした後に新しく建てたホテルらしい。そのほかは工場や倉庫らしい建物がいくつか散見される程度である。ブオンというエンジン音とともにフォークリフトがやってきて「手」の部分に大きなマグロをゴロゴロ載せて近くの倉庫に入っていった。
 魚市場を横に見て広い道路を北に進むと右側に港が見えてきた。新しく整備された岸壁をふたりで歩く。
 長さが五十メートルはありそうな大きな船が並んでいる。甲板には漁網が積み重ねられていたり、船尾にさらに小さな船を載せているものもある。「福島・いわき」「富山・入善」「鳥取・境港」「静岡・沼津」など全国から船が集まっている。あとでタクシーの運転手に聞いたところ、これらの船は旋網(まきあみ)漁船というもので、カツオ・タイ・アジ・シロイカなどいろんな魚を獲るという。
 旋網漁船の一群の先にはまた別の長さ二十メートルぐらいの船がずらりと並ぶ。斜めに突き出た棒がたくさんあって、その棒それぞれに二十近い電球が付いている。イカ釣り漁船かと思ったが、これもタクシーの運転手曰くサンマ漁船だという。
 岸壁が途切れたので、その先は海沿いの町を当てもなくうろうろする。きょうはまた風が冷たい。昨日が暑いくらいだったから薄着してきたのに、どうも服装と気温のバランスがうまくいかない。
 港の南側も北側も海のすぐ近くまで丘が迫っている。南の丘にはホテルが二軒建っている。北の丘にも住宅やビルがいくつも建っているが、気仙沼女子高校の校舎がかなり目を引く。校舎の上につけ足したようにかまぼこ型の体育館が乗っかっている。ただでさえ校舎は丘の中腹にしがみつくように建っているのに、その上に校舎よりはみ出るように乗って大丈夫なのだろうか。見るからに不安定だ。

 気仙沼湾の沖に浮かぶ大島からのフェリーが着いた。乗客や乗用車が続々と降りてきてにわかに賑やかになる。客待ちのタクシーも数台停まっている。その岸壁の先の公園に『港町ブルース』の歌碑がある。全国各地の港町をめぐる歌詞だが、「気仙沼」の部分だけ文字が大きくなっている。二人して、「誰の歌だっけ?」と悩む。なかなか答えがわからなかったが、歌詞の横に森進一とちゃんと書いてあった。
 寒さがこたえてきたので公園のベンチでマフラーを巻いた。「あったかい」と思わずつぶやいたら、みつこさんが「よかったねえ」とけらけら笑う。
 魚町、南町付近は古くからの建物と更地とが複雑に混在している。錆びた鉄筋や基礎だけが無惨に残る土地もあれば、なにごとも無かったかのように平然と建つ木造やトタン壁の建物もある。どう考えても最近、建ったものではない。こういうオンボロ家屋はなぜ津波に流されずに済んだのだろう。謎である。
 プレハブ建物の復興商店街が距離を置かずして二箇所にある。ひとつは「気仙沼復興商店街 南町紫市場」、もうひとつは「復興屋台村 気仙沼横丁」。どちらにも訪れたがまだ時間が早いからか開いていない店が多い。そろそろお昼ごはんを食べたいのだが、「ここ良さそうだね」と言ってたところに限ってまだ開店していない。しかたなく帰ろうとしたところへ、
「ふかひれスープどうですか?」
 と声をかけられた。とある鮮魚店の店先でおばちゃんが試食用のカップを手にニコニコ笑っている。ふかひれという言葉にもひっかかったが、スープという言葉にもひっかかる。とにかく外は寒い。温かいスープを飲みたい。
「ささ、どうぞどうぞ」
 カップを手渡され、いわれるままに飲んでみる。おいしい。冷え切ったカラダに染み渡る。みつこさんは感激して、自分へのおみやげで二パック買っていた。
 ふかひれスープは買えたが、お昼を食べるところがない、もう少し南の方に戻って、観光用の「お魚いちば」に併設されている食堂に入った。二人してイクラ丼を食べる。ごはんが見えないくらいてんこ盛りのイクラを心ゆくまで堪能した。
 港から気仙沼駅までは一キロ半ほどある。タクシーをつかまえて駅に向かった。漁船の話をいろいろ聞くことができた。早朝の漁火はイカ釣り漁船だろうとのこと。マグロ漁船はいないのかと訊いたら、
「いったん漁に出たら、半年とか一年とか帰らないから、あまり港にはいません」



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