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走れ!バカップル列車 《10周年記念号》
第64号 全線復旧三陸鉄道(南リアス線)



   四

 小石浜トンネルを抜けると恋し浜である。元は小石浜という駅名だったが、この地区で採れるホタテのブランド名に合わせて改称した。待合室とホームにある「幸せの鐘」見学のために列車は五分ほど停車する。運転席後ろのドアから乗客たちが次から次へと降りていく。前方ばかり見ていたので、いつのまにこんなに乗客が増えていたのかと驚いた。
 爆睡から目覚めたみつこさんとホームへ出て、待ち受け画面にするとご利益があるという駅名標を写真に撮る。待合室にはおびただしい数のホタテの貝殻がつり下げられている。その一つひとつに願い事が書かれていて、絵馬みたいだ。貝殻は養殖するのと同じ方法で吊られているらしい。「幸せの鐘」を鳴らす音が聞こえるが、順番待ちが長そうなのでこちらは見るだけにしておいた。
 時間が来たのでドアが閉まる。運転士は乗りこぼした人がいないか何度も確かめながら列車をゆっくり発車させた。
 南リアス線の線路は恋し浜を出るとゆるやかなカーブを右に曲がり、進行方向を南から西へ変える。
 綾里(りょうり)は綾里湾から岬をひとつ隔てた綾里漁港に面する集落だ。駅は海から一・五キロほど奥にあって被害は小さかった。すれ違い設備があり反対側の線路に二両編成の列車が停車している。唐丹でも下り列車とすれ違ったばかりなのにと思っていたら、テレビロケ用の貸切列車だった。タレントが乗ってるのは見えなかったが、ゼッケンをつけたスタッフらしき人が何人か乗っていた。
 綾里を発車すると線路はさらに右にカーブしてゆく。ところどころ線路の砂利が新しいところは、昨年の運転士によれば地震で線路が波打っていた箇所を改良したものだという。
 綾里川の流れる谷あいを走り、綾里トンネルを抜けると陸前赤崎に着く。大船渡湾に面した町で、津波は線路のある盛土のすぐ下まで来たという。ホームは百メートルほど釜石寄りにずらして作り直した。ホームも待合室も真新しい。線路左側の平地には草に覆われた更地が広がっている。その中に平屋のプレハブ建物が並んでいるのは運転士の解説によると仮設商店街とのこと。
 佐野トンネルを抜けるとS字状にカーブしながら盛川を渡る。渡った先で左側から真っ白なガードレールが近づいてくる。BRT(バス・ラピッド・トランジット=バス高速輸送システム)の専用道路に改修された大船渡線の線路跡だ。いまやレールも砂利もなく、アスファルトできれいに舗装されている。大船渡の町を一キロ近くBRTと並んで走り、終点盛(さかり)駅の三番線に着く。定刻は15時08分だが、二分ほど遅れて15時10分ごろ到着した。扉が開くと乗客たちは足早に駅舎に向かっていく。
「みちゃん、盛に着いたね」
 ディーゼルカーを振り返りながら感慨深げに言ったのだが、みつこさんは、
「『もり』だね」
 とにやりと笑う。
 三番線の向かい側の二番線はJR大船渡線BRTの発車ホームになっている。線路だったところがかさ上げされて、ホームと路面との差は二十センチほど。一般道の歩道と同じくらいの高さだ。バスの乗降口との段差が小さくなるような配慮だろう。一番線と駅舎側に渡る通路も出来ているので、跨線橋を渡る人はいない。

 出たところはJRの駅舎だった。駅前広場ではちいさなライブが行われていて男のボーカルが下手な歌をうたっている。その前を横切って、JRの隣りにある三陸鉄道の駅舎に入る。北リアス線、南リアス線それぞれの終点駅の中で、盛の駅舎はもっともこぢんまりとしている。
 盛駅は大船渡市にあるが、駅としての規模は隣の大船渡駅より大きかった。大船渡市は大船渡町、盛町、赤崎村などが一九五二(昭和二七)年に合併してできた自治体で、盛駅はもともと盛町の中心駅としての機能も果たしていた。また貨物線の岩手開発鉄道が乗り入れていることもあり、駅の規模はそれらが関係しているのだろう。
 待合室にはダイニングテーブルが置いてあって、各自持ち込んできたお茶などを飲むことができる。昨年、訪れたとき切符売り場のおねえさんが「『あまちゃん』みたいでしょ、カフェじゃないけど」と自慢げだった。テレビは競馬中継をやっていて、ちょうど天皇賞のパドックが映し出されていた。
 その切符売り場で盛の入場券を買った。硬券と呼ばれる厚紙の切符だ。おばちゃんに「ハサミ入れますか?」と訊かれたので、「入れます」と答えたら、
「自分でやってみる?」
 といわれる。「いいんですか?」と驚いてたら、ハサミを手渡された。ずっしり重い。慣れない手つきでパチンと切った。みつこさんが「よかったじゃん」という。
 次に気仙沼まで行くバスは16時11分までない。一時間近く時間があいてしまう。とくにすることもないので、三陸鉄道の待合室でのんびりする。次に乗るのはJRのバスなのにこちらの方が居心地がいい。外のライブは若い女性ボーカルに変わった。「いとしのエリー」を歌っている。こんどはなかなか上手だ。
 入場券を買った切符売り場は売店のレジも兼ねている。みつこさんはおみやげにと『かもめの玉子』を四箱買った。そんなに買って誰に配るのだろう? 私は三陸鉄道の復旧への道のりを描いた吉本浩二の漫画『さんてつ』を買う。
 バスの時刻が近づいたので二番線に出てきた。バスはホームから数百メートル離れたところに待機している。こっちは寒い中待ち続けているのだから早く来てほしい。
 発車数分前になってようやく赤いバスが来た。先頭にいたおばちゃんは乗車口のすぐ後ろの座席に座った。いちばん前が好きなんて、女のひとには珍しい。
 16時11分、大船渡線BRTのバスが発車した。大船渡線の線路跡をバスは快調に飛ばす。次の大船渡駅は昨年来たときはもとの大船渡線の駅を改装してバス停にしていたが、いまは県道沿いに移設されている。
 下船渡を出るといよいよ辺りは暗くなり、周りはほとんど見えなくなった。昨年はなかった線路跡の専用道路を走っていることだけはわかるが、どこを走っているのかわからない。細浦あたりから居眠りしてしまった。
 気がついたら陸前高田のバス停だった。高台に移転した市役所仮庁舎の前に駅も移設されている。「JR陸前高田駅」の看板を掲げてはいるが、窓口があるだけの小さなプレハブ小屋だ。あたりは真っ暗でなにも見えないが、昨年はなかったセブン・イレブンの照明が目にまぶしい。
 もとの大船渡線は坂を降りたところの海に面した平地を走っていた。昨年はまだ陸前高田駅のホーム跡や駅前広場などが確認できたが、いまはかさ上げ工事で埋もれてしまったかもしれない。
「奇跡の一本松なんて見えないね」とみつこさんがいう。途中下車はできなくても窓から見るくらいはできるだろうと思っていたがどうだろう?
「ライトアップしているかもよ」
「奇跡の一本松」のバス停まで来たが、なにか大きな櫓みたいなのが建っているのがかろうじてわかるくらいで、一本松らしきものはなんにも見えなかった。
 バスは岩手県と宮城県の県境付近を通過する。雨が降ってきた。闇夜の国道45号線を猛スピードで突っ走る。高速走行に向かない路線バス仕様の車両なので揺れるたびに窓枠やパイプがギュルギュルと軋む。
「恐いくらい飛ばすなぁ」
 みつこさんはそういって、手すりを強く握りしめた。

(第65号 大船渡線・気仙沼線BRTへつづく)



第65号 大船渡線・気仙沼線BRT 一
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