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走れ!バカップル列車 《10周年記念号》
第64号 全線復旧三陸鉄道(南リアス線)



   二

 昼ごはんは釜石駅前「サン・フィッシュ」二階にある「まんぷく食堂」である。三年前、二人でこの店に来たとき、地元の方が孫の目の前でお婆ちゃんが津波に流された話をしていて、「地獄のようだった」と締め括っていたことが忘れられない。
 それはともかく、「まんぷく食堂」は味のたしかな人気店だ。十人ほど行列が出来ていたが、時間はあるのでかまわず待つことにした。種を明かせば、今回の旅程はここでお昼を食べたいから昼どきに釜石を通るように組んでいる。外すわけにはいかない。海宝漬けというのが名物なのだが、みつこさんはイクラ丼、私はあわび海の小判丼を食べた。イクラもあわびもおいしく、あさりの味噌汁も絶品だった。満足して店を出た。
 釜石からはいよいよ三陸鉄道の南リアス線(三六・六キロ)に乗る。おなかも満たされ、気合い充分で三陸鉄道の駅舎に向かう。久慈や宮古と同じく、JR駅に遠慮するように駅前広場の隅っこに建っている。
 待合室の半分以上のスペースを占拠しているのはNゲージのジオラマである。ジオラマの周りはお茶などが飲めるカウンターになっていて、昨年来たときは鉄道は営業していなかったので、待合室だけが「さんてつジオラマカフェ」として営業していた。
 気合い充分で待合室に来たのはいいが、盛行きの発車は14時11分で、まだ一時間二十分ほど時間がある。
 震災前の南リアス線は盛〜釜石間に十二往復の列車があり、十二時台も列車が走っていたが、全線復旧後のダイヤは九往復でお昼の時間帯は三時間ほど列車が走っていない。北リアス線はほぼ震災前の本数に戻っているのと比べると対照的だ。ハード面では復旧しても人員の配置などまだまだ乗り越えなければならない課題が多いのだろう。
 窓口で盛までの切符を買ったり、三陸鉄道グッズを物色してディーゼルカーのイラストが入ったセロハンテープを買ったり、Nゲージのジオラマをじろじろ見たりする。ひととおり用事を済ませて壁際のベンチに二人並んで座るが、五分とじっとしていられない。小さな用事を見つけては立ち上がる。そういえば改札は何時にはじまるのだろう?
 窓口のおねえさんに尋ねると、
「フリー改札なのでいつでもホームに出られますが、十三時四十分過ぎがいいんじゃないでしょうか?」
 まだ四十分もある。駅の周りはとくに見るものがないし、中心街まで往復するには時間が足りない。することもないので待合室でぼんやりして過ごす。いまになって考えれば、さっき無理をしてでも浜町の丘に登っておいて良かった。行きたいところにいけないまま、余った時間を過ごすのはつらい。
 するとこんどはみつこさんがジオラマにある三陸鉄道のNゲージ車両は売ってないのかな? と言いだす。陳列棚にないものは売ってないと思うのだが、いちおう聞いてみようと立ち上がる。
「三鉄の車両のNゲージは売ってませんか?」
 わざわざ窓口で訊いている。ありませんという答えを聞いてすごすごと戻ってきた。

 十三時二十分を過ぎると同じ列車に乗る旅行客が待合室に次々やってきた。
 それを見て、みつこさんが「人がいっぱい来ちゃうとホームで記念写真が撮れなくなるんじゃないか」と心配する。いっぱいと言ってもまだ四、五人程度である。それでも、「ホームに出よう」というので、窓口の前から駅舎を出てホームへ続く長い地下通路を歩く。一番乗りだ。発車までまだ四十分もあるのだから、当然といえば当然だ。
 ホームには行き先に「盛」と表示してあるディーゼルカーが一両停車している。開業当初からの36─100形だ。前面の扉の踏み板に「36─105」と書いてある。36─100形のうち五番目に作られた車両という意味である。運転士はまだ来ておらず、エンジンは止まっている。静かなホームをぷらぷらと歩く。やわらかい秋の日射しが降り注いでいる。
 私たちがホームに来ると、それに触発されたのか、ほかの乗客も続々ホームに来てしまった。結局そうなってしまうのだが、記念写真は無事撮影できた。
 発車二十分前になって運転士がホームに出てきた。
「こんにちは!」
 乗客たちに明るく声をかけている。感じの良い運転士だ。運転席に入ってエンジンをかけると、ブルンという音とともに車体が震え、煙突から黒い排気ガスがぶわっとあがる。まだドアは開かないのだが、ドアの前にはいつのまにか行列ができ、ホームに活気が出てきた。
 運転士の車両点検はまだ終わらない。車外に出てきたかと思うとぴょんとホームから線路に降りて、台車や床下機器の点検をしている。車体を一周見回ったところで運転席に戻ってきてドアが開く。行列の人びとが続々乗り込んで、進行方向左側のボックスは埋まってしまった。みつこさんと私も左側のボックス席を確保できた。埋まったといっても各ボックスに乗客は一人か二人くらいで、ぜんぶでも十数名である。右側のボックスはまだ誰もいないところがいくつかあるくらいだ。ツアー客が押し寄せて立ち席客が出るほどの北リアス線との違いがここにも出ている。
 発車間際まで乗客はぽつぽつ乗ってきて、車内が適度に賑わってきたところで定刻14時11分になった。出発信号機が青になり、盛行き南リアス線210D列車がエンジンを振るわせながらそろりそろりと動き出す。
 私は昨年六月の時点で運転再開していた盛〜吉浜間には乗ったが、吉浜〜釜石間は乗ったことがない。釜石を発車して甲子川を二度渡る鉄橋からの眺めはどんなだろうと思いを馳せてきた。三年前に釜石に来たときは、タクシーの運転手に「三陸鉄道はもうダメです」と断言された。それでもいつかは乗れる日が来ると信じていた。そしてきょう、ついにそのレールの上を列車で走る。



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