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走れ!バカップル列車 《10周年記念号》
第63号 全線復旧三陸鉄道(北リアス線・後編)



   四

 翌日、十一月二日は宮古の町はずれの海辺からはじまった。
 昨夜の宿は宮古駅前から十二分ほどの藤の川というバス停近くにある。震災後に建設された新しいビジネスホテルだ。
 きょうは宮古から気仙沼まで一三五・七キロ(鉄道の営業キロ)を縦断する。釜石までは鉄道ならJR山田線だが、宮古〜釜石間は震災以来運休中で代行バスもなく、いまは路線バスを乗り継いで行くしかない。そのバスはちょうど宿の前の国道45号線を通るから、宮古市中心部には戻らず、私たちはそのまま南へ向かう。
 バスが来るまでちょっと時間がある。国道から浜辺へ出る道があるので降りてみた。砂浜をぷらぷらと歩いてみる。前の海は宮古湾でその向かいにそびえる山塊は重茂(おもえ)半島である。頂上の方は雲の中だ。三年前の「バカップル列車 第50号」では、重茂半島の東岸にある姉吉という集落を訪れた。津波被害の教訓を伝える「此処より下に 家を建てるな」という石碑を見るためであった。
 いま目の前にある海も津波となって国道やホテルのある付近へ達したのだろう。現に湾のもっと奥にある津軽石駅にいた山田線の列車が流されている。しかしそんなことは想像できないくらいに今朝の海は穏やかだ。
「あ、バス来たよ!」国道を見上げてみつこさんがいう。
 まさか、まだ時間になってないのに! とにかく乗り遅れたらたいへんだから砂利道をダッシュで駆け上がる。全力で国道までたどり着くと近づいてきたバスは途中までしか行かない一本前のバスだった。
「みちゃん、このバス違う!」
「えー」
 私たちを見つけたのか、バスは一瞬ブレーキをかけたものの、愕然としている姿を見てブレーキを緩めて去っていった。朝から無駄に疲れてしまった。
 五分ほど待って、乗る予定だった7時47分発のバスが来た。岩手県北バスの「船越駅前」行きである。船越は釜石へ向かう道のりのちょうど真ん中あたりにある。
 左側の席はうまっていたので、右側に座った。海は見にくくなるが、赤く錆びた山田線のレールがどこまでも続いているのが見えた。閉伊川の橋が落ちたり、津軽石では列車が流されたり、山田線の被害も甚大だったが、重茂半島のつけ根部分など内陸部の線路はほぼ無傷で残っている。

 バスは木々の彩りが鮮やかな山あいを抜けてゆく。車内放送で「次はトヨマネ、トヨマネでございます」とアナウンスがあった。
 みつこさんが「とよまね?」とその地名に反応する。
「うん、語感が面白い地名だよね」
 字は「豊間根」と書く。重茂半島を流れる川が何本か合流する盆地にある集落で、山田線の駅もあった。
 坂道を降りると山田湾に出る。三陸海岸は北側が海岸段丘だが、重茂半島を境にその南側は半島と湾が入り組んだリアス式海岸になる。山田湾は重茂半島と船越半島に挟まれたリアス式海岸の凹んだ部分である。海岸部は防潮堤の工事が進んでいる。
 山田町の市街地に入ると、バスは国道を外れる。中心街付近には大きくピカピカな「しまむら」や「薬王堂」ができていたり、仮設のコンビニや弁当屋が建ったりして、少しずつ活気が戻りつつある。道端のあちこちにオレンジ色の看板が出ていて、仮設や移転した店の場所をわかりやすく示している。地盤かさ上げのためか、土砂が作りかけのピラミッドのようにうずたかく積まれているのが、昨年来たときと違うところだ。
 織笠大橋を渡ると山田の市街地を外れ、船越半島のつけ根に入る。まもなくこのバスの終点だ。この付近に岩手県北バスと岩手県交通の営業地域の境界があるらしく、宮古と釜石をバスで行き来するときはどうしてもここで乗り換える必要がある。岩手県交通バスは船越駅前のひとつ手前の「道の駅やまだ」が始発なので、私たちは道の駅やまだのバス停で降りた。次のバスは8時58分発で、二十分ほどの接続だ。
 道の駅の売店に入ってみる。国産松茸が東京の三分の一の値段で売られているあの道の駅だ。八時半という早朝にもかかわらず、開店準備をしながら客を入れている。昨夜おいしい寿司を食べたということもあって、やはり海産物に目が行ってしまう。鮭の切り身十切れ以上がてんこ盛りになったパックが三五○円、洗面器一杯分くらいの大量のイクラがビニール一袋で四千四百円など、旬の海産物が度肝を抜くサイズと価格で売られていた。
 上大畑行きの岩手県交通バスが来た。上大畑がどこにあるのかよくわかっていないのだが、とにかくこれに乗れば釜石に行ける。五百メートルほど走って船越駅前のバス停に止まる。岩手船越駅は本州最東端の駅だ。バスの窓から船越駅の小さな待合室が見える。出入口がベニヤ板で閉ざされているのがもの悲しい。ここは内陸部で線路もホームも無傷だったのに、いまは風雨にさらされるばかりである。
 国道が山田線の線路をオーバークロスするとバスは船越湾に出る。空は晴れた。窓から陽が差してきてあたたかい。前を座るみつこさんがセーターを一枚脱いだ。昨日、薄着で寒い思いをしたので、きょうは二人とも着込んできた。そういうときに限って気温が上がるのだからなかなかうまくいかない。
 凹凸の少ない海岸沿いをバスはまっすぐ走ってゆく。四十八坂海岸、浪板海岸と名づけられた景色の良い海岸だ。
 井上ひさしの小説で有名になった吉里吉里は行政区分は大槌町だが、その中心街とは四キロほど離れている。船越湾に面していて、市街地だったところは草茫々の原っぱだ。
 トンネルを抜け、大槌橋を渡ると大槌町の中心街に入る。こちらの様子も吉里吉里と似たり寄ったりで、町が興るといった気配は感じられない。作りかけのピラミッドのような土の山があちこちにあるばかりだ。
 小槌川を渡って9時26分ごろ、バスは「マスト前」というバス停で止まった。ここで途中下車する。「マスト」は大きなショッピングセンターで、バスはわざわざ道路を降りて駐車場を抜け、建物に横付けされる。昨年一人で来たとき、山田や釜石からバスに乗って買い物に来ている人たちがいて、一度見てみたいと思っていた。だからきょうはマストを見るための時間を確保しておいたのだ。みつこさんはなんでこんなところで降りるんだ? という顔をしている。

(第64号 全線復旧三陸鉄道(南リアス線)へつづく)



第64号 全線復旧三陸鉄道(南リアス線) 一
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