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走れ!バカップル列車 《10周年記念号》
第63号 全線復旧三陸鉄道(北リアス線・後編)



   一

 島越(しまのこし)駅の観光案内板に書かれていたタクシー会社に電話すると「七、八分で着きます」とのこと。前の道にバス停があるからその近くで待っててほしいといわれ、ホームから仮設の階段を降り、川沿いの細い砂利道を抜けて前の道に出た。雨がぱらぱらと降っていて、みつこさんは砂利道を戻って三陸鉄道の線路下で雨宿りをしている。
 前の道に出ると、復旧された三陸鉄道の線路の様子がよくわかる。かつてのコンクリート橋は巨大な盛土になった。以前の駅舎は川の向こうにあったが、新しい駅舎はレンガ色に変わり、川のこちら側の高台に移されている。百メートルほど北側に移動したようだ。
 昨年六月、私が一人で来たとき、盛土はまだコンクリートの骨組み部分が出来かかっているだけだった。線路が途切れたトンネルは山の中腹にぽっかり空いているただの穴にしか見えなかったが、いまは線路がつながって列車が通っている。
 宮古側のトンネル脇には民家が二軒あるが、百軒あまりあった島越集落でただふたつ残った家だという。
 まもなくタクシーがやって来た。白いプリウスだ。雨から逃げるようにして二人で乗り込んだ。
「鵜ノ巣断崖まで」というと、運転手の若いお兄さんが「お客さん、このあたりにくわしいですね」という。
「昨年、田野畑から小本まで乗ったときにおすすめされたんですけど、そのときは行けなかったんですよ。鵜ノ巣断崖はあまり有名じゃないんですか」
「はじめて来られる方は、北山崎へ行っちゃいますからね。鵜ノ巣断崖は地元の人とか絵を描かれる方とかですね」
 漁港に面した細い道を進むとやがて山あいに入ってくねくねとヘアピンカーブで坂道を登る。前の軽トラを追い抜こうともせず、ゆっくりとプリウスは走る。周りの木々は赤や黄色に色づいている。隣で「きれいねえ」とみつこさんがつぶやく。
 北山崎や鵜ノ巣断崖に代表されるようにこの付近の地形はリアス式海岸ではなく、海岸段丘だ。坂を登り切った切牛あたりは段丘面になっていて平らな土地に畑や牧場、住宅などが点在している。ちょうど通りかかったところは震災後、海沿いから移ってきた人たちの住宅地になっている。一軒あたり百坪というから都会の感覚からするとかなり広い。昨年はまだ建設中だったが、いまは生活の匂いがする。
 新しい住宅が出来たおかげで仮設住宅は少しずつ空いてきているという。住人は漁業関係者がほとんどだが、この丘の上からだと自動車がないと海には出られない。高齢の漁師には船の免許は持ってても自動車の免許を持ってない人も多く、港までいつも便乗させてもらう訳にもいかないと、移転をきっかけに漁師をやめてしまう人もいるらしい。
 さらに進んだところには同じく住宅地があるが、ここはさらに前の津波をきっかけに移り住んできた人たちの集落だ。近くに新しい住宅地ができて、祭りを一緒にやるとかやらないとか、水の出が悪くなったとか、いろいろ問題もあるようだ。
 そのあたりの事情は運転手のお兄さんがクルマを走らせながら、いろいろと教えてくれる。どうもこのお兄さん、昨年訪れたときと同じ運転手さんのような気がする。ただ、私としても当時の記憶がなんとも頼りなく、確信が持てなかったのでなかなか言い出せなかった。

 いったん高速道路の無料区間を走ってしばらく進んだところで左に曲がり、細い道をゆっくり進む。
「この辺りは桜の木があって、桜の名所にもなっているんですよ」
「へえ、いいですねぇ」と答えながら、左右の景色をきょろきょろ見渡す。辺りの様子から、なんとなく海岸が近づいている気配がする。
「あとは赤松ですね」
 左右に広がる林は赤茶色の樹皮の松ばかりだ。
「桜のほかは、だいたい赤松です」
 そしてお兄さんの次のセリフに私たちは驚嘆する。
「だから松茸が採れるんですよ。ここらへんは松茸の隠れた産地なんです」
「えー!?」
 二人して前のめりになる。
「道の駅でも売ってますよ。東京の三分の一くらいの値段です」
「ここらへんで採れるって、ぜんぶ国産ですよね?」驚きと国産にこだわるあまり、みつこさんはわけのわからない質問をしてしまう。そんな質問にもお兄さんは親切に答えてくれる。
「この辺りじゃ、国産以外のものを見つける方が難しいですね」
「そうなんだー」前席の背もたれにずっとつかまっていたみつこさんが、ため息まじりにそういって自分の席に深く座った。「先月、国産松茸を食べに行こうって言ってたんですよ。でも、ちょっと遅かったのか、どこに電話しても、もう国産松茸は品切れっていわれて、ことしはもう諦めたんですよ」
 鵜ノ巣断崖近くの駐車場に着いた。断崖までは五百メートルほどだそうだ。タクシーに待ってもらって歩いて行く。雨はまだぱらついているが、駅にいたときよりは小降りになった。
 赤松の林の間を二人で歩きはじめる。枯葉の積もった道が足にやさしい。鵜ノ巣断崖は駅の観光案内版にも紹介されているほどの名所だが、あたりはしんとして人の気配がない。途中、同世代ぐらいの二人組とすれ違ったきりだ。
 海岸に着いた。木造の展望台に登る。立っているところは切り立った断崖のてっぺんである。海面は二五○メートルほど下にあって、高所恐怖症の人は一分といられないだろう。
 北側を望むと崖が数キロ先までカーテンのように波打つ形に続いている。崖の高さとスケールの大きさに二人とも圧倒される。雨で霞んでいるが、崖の途中から数本生えている赤松の様子と相まってよくできた水墨画のようだ。
「火曜サスペンス劇場だな」とみつこさんがいう。
「タクシーにどっちか片方しか戻らなかったら、事件だね」
 無事二人揃って駐車場まで戻ってきた。その脇にある吉村昭の文学碑を見てからタクシーに乗り込んだ。



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