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走れ!バカップル列車 《10周年記念号》
第62号 全線復旧三陸鉄道(北リアス線・前編)



   一

 ことしの夏でバカップル列車は十周年を迎えた。
 二○○四年八月に久留里線へ出かけたのが、バカップル列車の記念すべき第一号であった。炎天下の房総で列車に乗り遅れそうになって駅の階段を駆け上がり汗だくになった。あれから十年が経った。
 こんどのバカップル列車は、だから、十周年記念号になる。この記念すべきバカップル列車をどこで走らせようか。できれば記念にふさわしい列車がいい。やはり豪華に寝台特急「カシオペア」のスイートが良いだろうか。「カシオペア」最後部のスイートは一度は乗ってみたいが、乗るとなると寝台券を取るのが至難の業だ。
 みつこさんの意見もいちおう聞いておくことにする。
「みちゃん」
「なに」
「こんどのバカップル列車なんだけどサ、記念すべき十周年になるんだよ。どこの列車に乗りたい?」
 みつこさんは一瞬「うーん」といいつつ、しかし、ほぼ即答に近い状態で、
「三陸鉄道がいい」
 と答えた。
(そうか、みつこさんは「カシオペア」じゃないのか)
 当初の期待からはずれて私は軽く落胆した。みつこさんの話が続く。
「ほら、みんながんばってるし、ようやく全線復旧したし……」
 それを言うなら私だって三陸鉄道は好きだ。東日本大震災で壊滅的な被害を受けながら、地元の人びとや多くのファンの期待に応え、この四月に全線復旧にこぎ着けた。しかもこのとき三陸鉄道はちょうど開業三十周年という記念すべきときを迎えている。
(三陸鉄道か……、いや、三陸鉄道だ!)
 よくよく考えればみつこさんのいうとおりなのだった。三陸鉄道こそバカップル列車の十周年記念号にふさわしい。
「わかた」私は答えた。「三陸鉄道に行こう」
 そこまで話したのがちょうど十周年にあたる八月の下旬だった。それを受けて私はすぐに三陸鉄道の北リアス線と南リアス線の両方に乗る旅程を組んだ。八戸から鉄道とバスを乗り継いで石巻線の前谷地まで三二六・九キロ(鉄道の営業キロ)を縦断する二泊三日の旅である。
 しかしいざ行くとなると日常の雑事に忙殺されて、あと一歩がなかなか踏み込めない。八月が終わり、九月が過ぎた。さすがに十月になっても日程が具体化しないと年内に出かけるのが難しくなってしまう。そうしたら十周年記念にもなんにもならない。私は焦った。こうなったら十一月のはじめの三連休に行くしかない。
「来月一、二、三で三陸鉄道に行くから」
 一方的に通告するような感じで私はみつこさんに言った。
「わかた」
 みつこさんは言った。
「国産松茸食べられなかったから、浮いたお金でおいしいもの食べよう」
 一、二週間ほど前だったと思う。九月下旬ごろ、ことしは松茸が豊作だという報道があった。それに触発されて十月のはじめに都内の料理店を探して松茸の料理を食べに行こうといっていた。ところがいざ予約の電話をしてみると、どの店からもことしはもう終わりましたという答え。国産松茸が品薄になって料理が出せない、輸入物ならあるんですが……。いや、輸入物じゃダメだ。私たちはあくまで国産にこだわる。そんなことをいっていたら、結局ことしは松茸づくしの料理を食べそびれてしまった。
 みつこさんはそのことを言っている。今回は三陸鉄道に乗り、なおかつ松茸が食べられなかった分、三陸のおいしい海産物をたくさん食べる旅にしようと思う。

 二○一四年十一月一日、みつこさんと私は東京駅6時32分発の「はやぶさ1号」に乗って八戸へ向かった。窓には雨が打ちつけている。
 朝早い出発なので、朝ごはんは車内で駅弁を食べる。みつこさんは「東京駅100周年弁当」とかいう千八百円もするお弁当だ。いろんなおかずがよりどりみどりで入っていて、おいしそうだ。私は定番の「チキン弁当」。これだけでもおなかいっぱいなのに、みつこさんが自分のお弁当が多すぎるというから、みつこさんの食べられない分も食べてたら、動けなくなるくらい苦しくなった。
 大宮を出ると「はやぶさ」はぐんぐん加速する。
「『はやぶさ』はね、最高時速三二○キロなんだよ」
「すごいね。どこらへんで出すの?」
 そう言われると、具体的にどの区間で出すかはよくわからない。そのときは適当に「ここらへん」と答えておいたが、実際は宇都宮〜盛岡間に限られているらしい。
 しばらくぼんやり外を見ていたが、那須塩原を通過したころからまぶたが重くなってきた。居眠りから目覚めると仙台で、次に気づいたのが盛岡だった。盛岡を過ぎるとトンネルとトンネルの隙間から見える山々が赤や黄に色づいているのが見えた。
 八戸には9時21分に到着。雨は降っていないが、空はどんよりくもっている。ここで八戸線に乗り換える。こんどの久慈行きの普通列車は10時07分発だ。三陸沿岸三百キロのうち、きょうは八戸から宮古まで一三五・九キロを走る。
 駅の通路を歩いていると、「TOHOKU EMOTION・東北レストラン鉄道」と名づけられた列車のポスターが目に入った。白くおしゃれにラッピングされたディーゼルカー三両編成が八戸〜久慈間を往復し、車内では本格的なコース料理が楽しめるという。私もこの列車自体はなんとなく知っていたが、八戸線で運転しているとは知らなかった。団体専用列車の扱いだから、時刻表には載ってないのである。
「これ、いいね」
 みつこさんがポスターをしげしげと見つめながらいう。視線が釘付けになってる感じからしてかなり乗りたそうである。往きの列車の八戸発車時刻は11時05分、久慈到着は12時52分で、これに乗ったとしても三陸鉄道に乗った上で今日の宿がある宮古まではたどり着ける。
「きょう、運転するなら乗ってみようか」
「どうやって乗るの?」
「わかんないけど、とりあえず『みどりの窓口』で訊いてみよう」
 窓口の駅員に、レストラン鉄道に乗りたいというと、きょう運転するかどうかはわからないし、旅行商品はこちらでは取り扱ってないので、通路の向かい側にある「びゅうプラザ」で尋ねてほしいといわれた。「ただ……」窓口の駅員がつけ加えた。
「運転するとしても、当日の乗車はできないと思います」
「え? きょう申し込んで、きょう乗ることはできないということですか」
「はい」
 それなら「びゅうプラザ」に訊いて、きょうの運転があったとしても乗ることはできない。今回は「TOHOKU EMOTION」に乗ることはあきらめて、予定通り10時07分の久慈行きに乗ることにした。



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