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走れ!バカップル列車
第60号 京阪電車大津線



   三

 四両編成の電車は大谷を出るとトンネルに入る。全長約二五○メートルの逢坂山トンネルだ。トンネルの直前が峠の頂上になっているので、トンネル内は急な下り勾配になっている。
 トンネルを出たところがまたすごい。左右は石組みの切り通し。その下をおそろしいほどの急カーブが待ちかまえている。コーオォォという車輪とレールの軋む音が鳴り響く中、まるで左に九○度左折するような感じで曲がる。正確に測った訳ではないが、一両目と四両目では本当に九○度近い角度がついていただろう。四両目の窓からでも連結部で大きく折れ曲がった三両目が見える。二両目はさらに曲がっていてよく見える。一両目は曲がりすぎるあまり石組みの蔭になってよく見えない。京津線の最小曲線は半径四○メートルといわれているが、おそらくここがそのカーブだ。
 電車は左に曲がりきると再びまっすぐに姿勢を延ばして、坂を少しずつ下ってゆく。トンネル区間でいったん分かれた国道1号線がこんどは左から近づいてくる。早咲きの桜だろうか、山すそや民家の庭先にある木々が薄桃色の花をぽつぽつと付けている。右にカーブすると再びコーオォォという音が鳴り響く。大谷の手前で分かれた名神高速がアーチ橋になってはるか上空で交差する。
 線路はまっすぐだが、このあたりかなりの急坂だ。右の線路脇にある民家が階段状に並んでいて、屋根の高さが少しずつずれている。勾配標は帰りに確認したが、京津線の最急勾配六一パーミル(‰)は国道1号線と国道161号線が分岐する付近にある。かつての信越本線の横川〜軽井沢間が六六・七パーミルだったから、それに匹敵するほどの急坂を800系電車は軽々と登り下りしてしまう。
 車窓があまりにめまぐるしく変化するので、私は思わず立ち上がり、ドアの窓から外を見ることにした。車内も空いているから、左右の窓を自在に見ることができる。みつこさんも車窓が面白いらしく、ちょこちょこ立ち上がっては左の席に行ったり、右の席に戻ったりしている。
 S字カーブを曲がって国道1号線をくぐり、国道161号線と踏切で交差する。線路脇を一瞬通り過ぎた石造りの鳥居は関蝉丸神社のものだろうか。地図ではこのあたりで東海道線と交差するようだが、京津線の下を通っているらしく、車窓からはよくわからなかった。ここまで下ってくると谷が開けて来て、マンションなども現れる。東に二百メートルも進めば東海道線の大津駅だ。細かなカーブをくねくねと曲がって上栄町に停車する。
 上栄町を発車すると、電車はゆっくり進む。向かいにある上り線の上栄町のホームを過ぎると、踏切の音が聞こえ、目の前に国道161号線が見えてくる。電車は停まりそうなぐらいのスピードになるが、次の瞬間、意を決したように再び加速し、左にカーブしながら国道161号線に躍り出た。線路さえなければ、市街地を貫くふつうの大通りであったろう。しかしこの通りには複線の線路が敷かれている。自動車が行き交うその道を四両編成の電車が堂々と走り抜けてゆく。道路の赤信号で停車し、青信号で発車する。ゆるい坂を下りながら、道路との併用区間は六百メートルほど続く。水面の気配を感じる広い空が見えてくると交差点になり、その交差点を急カーブで右折して、15時13分、電車は浜大津駅に到着した。

「面白かったね」「ジェットコースターみだいたったね」と二人で言い合いながら、浜大津駅のホームに降り立つ。みつこさんが列車に乗って、居眠りしなかったのはとても珍しい。京津線はそれほど楽しかったのである。
「次はなにに乗るの?」興奮冷めやらぬ様子でみつこさんは訊いてくる。ここで石山坂本線に乗り換えるのだが、坂本方面に乗るか、石山寺方面に乗るか、自分でも決めていない。
「先に来た電車に乗ろうかと思ってんだけど……」
 そうするうちに反対側の一番線に近江神宮前行きの電車がやってきた。
「これ?」乗るなら急がなきゃとみつこさんは焦るが、
「いや、近江神宮前ってたぶん途中駅止まりだから、これはやめよう」
 一番線の電車なら坂本行きに乗った方が良い。こんどは降りた側の二番線に電車がやって来た。15時16分発の石山寺行きである。
 京阪石山坂本線は、大津電車軌道が一九一三(大正二)年三月に大津(現・浜大津)〜膳所(現・膳所本町)間で開業した軌道路線が前身である。大津〜馬場(現・膳所)間は官設鉄道大津線の線路を利用していた。その後、路線を徐々に延ばしていき、一九二七(昭和二)年に石山(現・石山寺)〜坂本間が全通している。同年、大津電車軌道は汽船会社と合併して琵琶湖鉄道汽船となっている。京津電気軌道を合併するなど勢力を伸ばしつつある京阪電気鉄道への対抗策といわれたが、乗客数の伸び悩みから一九二九(昭和四)年、京阪電気鉄道と合併するに至る。
 こうして大正末から昭和初期にかけて京津線、石山坂本線は京阪電気鉄道の路線となった。ともに道路併設を原則とした軌道路線であり、現在この二路線を総称して「大津線」とも呼ばれている。京津三条〜御陵間が廃止されたため、京阪本線などほかの鉄道路線(こちらは「京阪線」と総称されている)とは分断されてしまった。組織としても大津線は大津鉄道部の管轄、京阪線は鉄道営業部の管轄となっている。大津線はむしろ京阪の子会社である叡山電車にイメージとしては近いのかもしれない。
 石山寺行きの電車は京津線の電車よりやや小ぶりの二両連結の電車だ。座席はすべてロングシートである。
 車体全体に『中二病でも恋がしたい!』というアニメのラッピングがしてある。前の車両は混んでいるので、後ろの車両に乗った。車内も壁はピンク地が張りめぐらされ、女子中学生をあしらったキャラクターがあちこちに飛び交っている。
 いったん終点の石山寺まで乗って行こうと思う。
 大津市内を進むほどに乗客は降りてゆき、こちらの車内は空いてくるのだが、隣の先頭車両だけは立っている乗客が多く、石山寺に近づいても異様に混雑している。
「なんでだろうね?」二人で首をかしげていた。



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