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走れ!バカップル列車
第59号 津軽線・江差線(後編)



   四

 江差線に乗るために江差に来たけれど、せっかくここまで来たのだから、少しは街中に行ってみたいと思う。現在は小さな町だがかつてはニシン漁と北前船の交易で栄え、「江差の春は江戸にもない」といわれていたらしい。
 そうはいっても長居もできない。こんど発車するのはいま来た車両の折り返しとなる10時27分発、その次は13時07分になる。昼ごはんを食べるにしても、ネット検索で調べた限り、めぼしい店で日曜日も開いているところはみつけられなかった。史料館や記念館なども冬季休業ばかりだ。だからできれば10時27分の列車に乗りたい。そうなると江差滞在時間は一時間そこそこでしかない。すでに記念写真を撮ったり、窓口で記念切符を買ったりしたので、残された時間はあと四十分足らずだ。
 ちょうど駅前ロータリーにタクシーが停まったので、みつこさんと乗ることにした。
「開陽丸が見えるところまでお願いします」
 そういうと運転手は坂を下り国道に出て、クルマを北に走らせた。
 開陽丸は箱館戦争のとき江差沖で座礁した江戸幕府の戦艦である。史料館が出来たとき復元されたらしい。建物は休館でも船は外からでも眺められる。
「あの鴎島ってとこにあるんですけどね。……鴎島ってのは上からみるとカモメみたいに見えるからなんだそうです」
 運転手のおじさんがぽつぽつとガイドをしてくれる。海の向こうに三本マストの帆船が見えてきた。両側を海に挟まれた鴎島に向かう通路のようなところでタクシーは停まった。ものの五分で着いてしまった。道路に雪がなく、時間に余裕があったら歩いてでも来れただろう。「クルマで行けるのはここまでです」
 眺めるだけなら、それほど時間もかからないだろうし、帰りに別のタクシーをつかまえるのに時間がかかるのも困るので、ここで待っててもらうことにした。
 史料館の建物脇の桟橋みたいなところの向こうに開陽丸が見える。ところが歩き出したら意外に雪が深くて進むのが難儀である。みつこさんも「げ、これ行くの?」と戸惑いの声をあげている。どうしようかと思いかけてたところへどこからともなくおじさんが現れ、私らになにか言っている。やばい。ここは立入禁止だったか。
 しかしおじさんの様子をみる限り、怒っているようではない。むしろ大歓迎な感じである。どういうことかとよく聞いてみると、きょうはなにかのイベントがあって臨時開館している。冬はふつう入れない開陽丸の中に入ることができるんだから、あなたたちはラッキーだ。入館料は五百円だが、江差線で来たなら一割引の四百五十円になる。
 願ってもないことなので、その場で二人分の入館料九百円を払った。史料館の建物に入れたから、雪深い桟橋を通ることなく、じつにスムーズに開陽丸の近くに来た。
 開陽丸へは桟橋から渡り板を渡って船腹に入るようになっている。扉を開けると暗い室内に一人、小太りのおっさんがいた。想定外の珍客に驚いた様子で、「え、見学するの?」とつぶやきながら室内の照明を次々と点けてくれた。二枚のチケットを渡し、半券を返してもらう。甲板への行き方を訊くと、入口を出て、渡り板の脇にある階段まで案内してくれる。
「除雪してないけんども」
 といいながら、おっさんは階段にかかっていたロープを外した。階段も甲板の上にも雪が積もったままだが、ここまで来られるのと、陸からただ眺めるだけとは段違いである。雪合戦でもするかのごとく、私は甲板を駆け回った。船首から海を見下ろす眺めがじつに良い。『タイタニック』ごっこも出来るのではないかと思ったがみつこさんが来ないのでやめておいた。
 船内に戻っておっさんにお礼を言った。船室は開陽丸の史料が所狭しと展示されている。後で知ったことだがここが開陽丸の「史料館」で、さきほどチケットを買った建物は青少年センター管理棟と海の駅を兼ねたものだそうだ。せっかくなのでその「史料」も見てみることにする。時間が限られているので、かなり駆け足だ。沈没した本物の開陽丸から引き揚げられた遺物や榎本武揚ら幕臣たちの蝋人形、大砲を撃つシミュレーションのようなものまである。大砲はみつこさんと私とで一回ずつやってみた。手順がややこしくて緊張したが、最後にドカーンと撃てるとなんだかうれしい。
 帰りのタクシーは往きとは違い、丘の上の街中を通った。運転手がコンクリートの大きな建物を指して「ここが文化会館」という。年に一回開催される「江差追分全国大会」なるイベントがこの文化会館で行われるらしい。
 江差駅には発車十分前ごろに着いた。ボックス席はすでに埋まっていて、デッキに近い長いすのところに座った。
 10時27分発のこの列車は木古内止まりだ。しかも湯ノ岱から木古内まではノンストップになる。
 上ノ国の次の中須田からスノーボード帰りの高校生男女が三人乗ってきた。客室が鉄道おたくで埋まっているので運転席後ろのデッキに立ったまま楽しそうにおしゃべりしている。男子二人と女子一人の微妙な三角関係かな? などと彼らの関係を勝手に想像してみる。
 木古内からは特急「白鳥28号」、東北新幹線「はやぶさ12号」などを乗り継ぎ、東京には18時08分ごろに着いた。
 関東には予報通り二十年ぶりの大雪が降ったらしい。場所によっては二十センチ以上積もっているところもある。すでに路面の雪はだいぶ解け、部分的にシャーベット状になっている。家までの道を二人でよろよろと歩く。
「やっぱ東京の雪道は北海道より歩きにくいね」ということで、みつこさんと私の意見は一致した。



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