homepage
走れ!バカップル列車
第58号 津軽線・江差線(前編)



   四

 蟹田の駅前に出て駅舎を眺める。津軽線が津軽海峡線に組み込まれ、特急「スーパー白鳥」「白鳥」の全列車が停車するいまでも、蟹田駅は地方の田舎駅といった雰囲気を残している。
 ひとけのない待合室の隅っこには「津軽蟹夫」というカニを模したゆるキャラの顔ハメ看板がある。
「あれ、やってみていい?」
 みつこさんがいうので「いいよ」というと、いそいそと看板の裏側に回って顔だけ出すので、それをずっとビデオで撮っておいた。
 三厩行きの発車時刻が近づいたので跨線橋を渡って三番線に来た。
「蟹田ってのは 風の町だね」
 という、太宰治が『津軽』に書いた言葉がボードになっている。『津軽』を読んでいるときはさらっと流してしまう短さだが、これだけ取りだしてこんな風に立っていると、なんだか気障な言葉だ。
 白い車体に赤い帯の入ったキハ40系ディーゼルカーが二両連結で停車している。先頭の方に乗り込む。客室は向かい合わせ四人がけのボックスシートが通路の左右に並んだ地方の普通列車によくあるタイプだ。いままでどこにいたのか、さっきの親子も乗ってきた。14時20分になり、ディーゼルカーはエンジンを轟かせて動き出す。
 津軽線は蟹田から津軽半島の内陸へ向かう。次の駅、中小国は津軽線と海峡線の分岐駅で、時刻表の地図も中小国で海峡線と津軽線が枝分かれしている。
 しかし実際に来てみると、中小国駅は線路がただ一本あるだけ、ホームも一本だけで駅としては最小限の設備しかない無人駅である。この様子を見たら、この駅が分岐駅などとは誰も思わないだろう。
 では実際の線路はどこで分かれるかというと、中小国から二・三キロほど先に行った新中小国信号場というところで分かれる。信号場というのは、旅客の乗り降りはできないが、線路が分岐したり、すれ違いができるような設備を設けたところのことである。しかし駅ではなくあくまで信号場だから、分岐「駅」にはなれない。そこで中小国が代わりに分岐駅の役を買って出た格好になっている。
 列車は注目の新中小国信号場に近づいている。海峡線の特急列車からはなかなかわかりにくいので、スピードものんびりの津軽線からならよく見えるだろうと期待して窓の外を見ていた。
 すると中小国から一・五キロほど走った小さな集落の中に突然ポイントが現れ、ガタタンと右へレールが分かれていく。まだ先だろうと思っていたところへ意外に早く分岐点が来たから驚く。この分かれた線路が海峡線である。こちらの津軽線は一本のままだが、分かれた方の海峡線はさらにポイントで三本の線路に分かれている。ここが新中小国信号場だ。津軽半島の雪原に合計四本の線路が一キロ近くも続く様は圧巻だ。
 海峡線の三本の線路はやがて二本になり、さらに下り線と上り線とで一本ずつに離れながら右にカーブしている。左側から近づいてきた北海道新幹線の高架橋が離れた下り線と上り線の隙間にまっすぐ突っ込んでいる。海峡線(在来線)の上下線は新幹線をはさみ込んでから再び近づき、やがて新幹線と海峡線それぞれの下り線と上り線が合流する。この海峡線のルートは開通時からのもので、当初からここで新幹線と合流・分離し、青函トンネルを共用できるよう準備してあったのである。
 その準備が実を結ぶときが近づいている。北海道新幹線の工事はいま急ピッチで進んでいて、数年前まで影も形もなかったコンクリート製の巨大な高架橋が津軽半島のどんよりした空に大きく横たわっている。

 海峡線と新幹線の接続部分を右に見ながら、そのまままっすぐ進んだ津軽線の列車は大平(おおだい)に停車する。ルートとしてだいたい並行している海峡線は津軽半島の山野をトンネルと橋で突っ切るが、津軽線のディーゼルカーはエンジンを一層唸らせ、右に左にカーブしながら雪深い山道を登ってゆく。
 品川トンネルで峠を越えるとディーゼルカーは軽快に坂を下りはじめる。次第に山が開け、いったん遠ざかった海峡線が再び右から近づいてくる。津軽二股に停車。海峡線は盛土上の一段高いところにあって、こちらを見下ろしている。
 盛土上には海峡線の津軽今別という駅がある。青函トンネルの本州側の保守基地として新津軽二股信号場として計画された。二つの駅はこんなにも近くて連絡用の階段も整備されているが、津軽今別に停車する列車は上下合わせて一日四本、津軽線も十本だから実際には乗り換えに向かない。津軽二股はJR東日本、津軽今別はJR北海道という違いも影響しているだろう。駅周辺には工事用の通路や足場があちこちに設置されている。将来、津軽今別駅は廃止され、北海道新幹線の奥津軽駅(仮称)となる計画である。
 津軽二俣を出るとほとんど新幹線と化した海峡線の高架橋をくぐり、さらに坂を下る。二つ先の今別から海沿いに出る。今別には漁港がある。海峡線の津軽今別より、こちらの今別の方が市街地に近い。
 今別を発車すると線路は左にカーブして、港町とその向こうの津軽海峡を見ながら西へ進む。津軽浜名で大きなカメラを抱え、重厚な長靴を履いた青年が一人降りた。
「こんなところで降りて、大丈夫かな?」
 寒い中、一人残されてたいへんだろうとみつこさんが心配する。
「これの折り返し列車にまた乗ってくるから大丈夫だよ」
「それならいいんだけど」
 やがて列車は海のすぐ近くに出て、三厩湾に沿って弓なりにカーブしながら進む。トンネルをくぐり再び海沿いを走って、15時00分ちょうどに終点三厩に着いた。
 三厩の駅は海から少し入ったところにあって、線路は南西方向を向いている。ホームの両側に線路が一本ずつ、ぜんぶで二本ある。一日五往復しかない運転本数だから、駅舎側の一本はふだん使っていない。
 一九二二(大正一一)年の改正鉄道敷設法の別表に掲げられた建設予定の路線に「青森県青森ヨリ三厩、小泊ヲ経テ五所川原ニ至ル鉄道」というのがある。三厩までの津軽線がこの計画に沿って建設されたのだとすれば、線路が南西を向いているのも、ホームの両側に線路二本あるのも納得がいく。小泊、あるいは津軽鉄道の津軽中里までつながる路線の中間駅として建設されたのであれば、三厩駅はいまの状態で作るのがいちばん自然だからだ。もちろん、小泊、津軽中里まで鉄道でつなげようなど、いまとなっては夢物語だろう。
 龍飛崎行きのバスが十分後に出るらしいが、きょうは折り返しのディーゼルカーで戻らなければならない。ここまで来て龍飛に行かないのは残念な気もするが、行ってしまうと予定が大幅に狂ってしまう。
 ディーゼルカーの前で記念写真を撮っていると、青森側の車両からさっきの少年が出てきて、
「ねえ、この電車、いつ発車するの?」
 みつこさんに話しかけてきた。



第59号 津軽線・江差線(後編)
homepage