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走れ!バカップル列車
第58号 津軽線・江差線(前編)



   三

 青森駅は線路もホームも雪にまみれていた。その中を特急「スーパー白鳥19号」が函館に向けて出発していった。
 次に私たちが乗る津軽線は13時17分発の蟹田行きだ。反対側の四番線をみるとステンレス車体の安っぽい電車が三両編成で停まっている。先発の奥羽線の列車かと思ったら、LED行先表示が「蟹田」になっていて驚く。これが津軽線の列車なのだった。てっきり津軽線はディーゼルカーだとばかり思っていた。たしかに蟹田までは電化されているから電車が走れる。そのために運転系統を蟹田で分けたのかといまさらながら納得する。
 車内は山手線とほぼ同じで窓に背を向けた長いシートが並んだタイプだ。先頭車両前方の運転席に近い座席でぼんやり発車を待っていると、私たちと同い年ぐらいのお父さんと十歳くらいの少年が乗ってきた。お父さんはごついビデオカメラと大きな三脚を手に持っている。どうみても私たちの仲間、鉄道おたくである。そのほかは地元の高校生だったり、買い物かなにかの帰りらしきおばちゃんたちだったりで、なんとなくぽつぽつと座席は埋まっている。
 発車時刻から二分ほど遅れて津軽線蟹田行き普通列車は発車した。さっきの少年は発車前から運転席の後ろにかぶりついている。私もその横に立ち前方の様子を眺める。お互いのテリトリーを守りながら、当たらず触らずかぶりつくのが大事だ。駅を出ると右に九○度カーブし、奥羽線と分かれるとさらに右にぐいぐいカーブして列車は北に向かって走り出す。
 津軽線は単線だが、奥羽線と分かれた先に大きな車庫があるので、その引き上げ線が並行して走っている。向こうから青森駅に向かう回送列車とすれ違った。
「あっ、リゾートしらかみだ!」
 少年が叫ぶ。五能線のリゾート列車用車両で、いかにも子供が好きになりそうな感じだ。
 リゾート列車もいいが、私はその横の車庫に大量に留置されている211系電車と651系電車の方が気になった。上野駅を発着する東北線・高崎線の普通列車として国鉄時代から走っていた211系近郊形電車が、最近になって急速に新型のE233系電車に置き換えられている。余った211系はどこへ行ったんだろうと思っていたら、まさかこんなところで再会するとは夢にも思わなかった。651系もそうだ。特急「スーパーひたち」として登場したこの電車も、新型のE657系に置き換えられ(バカップル列車第53号参照)、一部の車両は高崎線・両毛線の「あかぎ」などに転用されるが、残りはどう考えても余るはずである。それが211系とともに青森の車庫に置き去りにされている。どの電車もずいぶん前からここにいるのだろう、屋根の上には幾層もの雪が三十センチほど積み重なり、屋根からはみ出て雪庇になっている。なんとも重そうだ。関東から遠く離れたこの北の地で、廃車解体される日を静かに待っているのだろうか。寂しい光景を目にしてしまった。

 六キロほど走って次の駅、油川に着く。半分近くの乗客が降りた。
「油が採れるの?」
 みつこさんが駅名を見て私に訊いてくる。そんなこと訊かれても私にだってわからない。にわかにみつこさんが質問魔になっている。青森発車前は「蟹田ってカニが採れるの?」とも言っていた。そうかも知れないし、由来がまったく異なる地名に「蟹田」という漢字を当てはめただけかもしれない。地名の由来を探るのは面白いが、資料が残っていなくて調べてもはっきりしないところも多い。
 いちめん雪に覆われた津軽半島を列車は北上する。津軽宮田、奥内(おくない)と停車するたびに乗客はどんどん減ってゆく。津軽線は蟹田までの都市間輸送というより、青森市近郊の通勤・通学電車といった使われかたをしているようだ。いつのまにか車内は私たちと親子と地元の高校生二人と鉄道おたくらしきお兄さんがちらほらいるくらいになってしまった。奥内で上り貨物列車とすれ違う。赤い二両連結の電気機関車を先頭にコンテナ車がずらりと並ぶ長大編成だ。津軽線はもともと二両か、三両の列車が停車できる設備しかなかったが、津軽海峡線に組み込まれるときに長編成の列車がすれ違えるように駅の複線部分の線路を延長している。
 郷沢で三分ほど停車する。上り列車とすれ違うのだが、どんな列車がやってくるのだろうと期待しながら前方を眺めていると、カーブの先から「スーパー白鳥」が雪煙を巻き上げてやって来た。
「あ、スーパー白鳥だ!」
 少年の叫び声と自分の心の声が耳の奥で重なった。リゾート列車にはあまり興味がないが、特急列車はやはり格好いい。特急が鮮やかに過ぎ去ると中継信号機が「進行」になり、普通列車は再び発車する。
 津軽線の蟹田までの区間は国道280号線と並行して津軽半島東部の青森湾沿いを走るのだが、海岸線からは数百メートルほど離れているし、線路と海との間には集落がけっこうあるので、海はたまにちらりと見えるだけである。ところが瀬辺地を出るとにわかに海岸沿いに出て、すぐ目の前が波打ち際というところをおよそ二キロ近く走る。鉛色の海には白波が幾重にもなって岸に寄せている。海の向こう、右窓後方には夏泊半島が、右前方には下北半島の西端部がはるかに見える。山の上の方は低く垂れこめた雲に隠れて見ることができない。再び集落が見えてきてゆるやかに左にカーブするとこの電車の終点、蟹田である。定刻13時57分に着いた。
 次に乗り継ぐ三厩行きは14時20分発である。ディーゼルカーは駅構内の引き込み線で待機していてまだ乗車できない。切符を買う必要があるし、寒いホームに待ち続けるのはイヤなので跨線橋を渡って待合室に行くことにした。
 改札と出札を兼ねた窓口で函館までの乗車券を見せ、蟹田から三厩までの往復の乗車券をくださいと言った。
 すると駅員は、「函館までの乗車券があるなら……」とブツブツつぶやきながら、ひとつ先の中小国から三厩までの乗車券を発行してくれた。これだと函館行きの乗車券で蟹田〜中小国間を重複乗車することになってしまう。
「え、いいんですか?」
 と訊くと、海峡線の列車は中小国には停車しないからこれでいいんだという。そんな特例があるとは知らなかったが、蟹田〜三厩間の切符は五七○円で、中小国〜三厩間だと四八○円、二人で往復すると三六○円のお得になる。



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