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走れ!バカップル列車
第58号 津軽線・江差線(前編)



   一

 ずいぶん長いことバカップル列車を運休してしまった。
 運転している私にしてみれば、運休するつもりも廃止するつもりもなく、なんとなく次の機会を狙っているうちに一年以上経ってしまっただけのことだ。理由といえば本当にそれだけだが、年単位でみると、二○一三年がバカップル列車の空白の年になってしまったのはちょっと惜しい気もする。
 その二○一三年、バカップル列車をサボってなにをしていたかというと、金沢へ四回行き、ほかにも一人で三陸に行ったり、友達と香川や山口に行ったりして、けっこうあちこちに出かけていた。しかしみつこさんと一緒に出かけたのは一回目の金沢だけで、しかも上越新幹線と特急「はくたか」でふつうに行っただけなのでバカップル列車は運転できなかった。「はくたか」はすでに第51号で運転済みである。いま思えば、北陸鉄道にも乗って合わせ技でバカップル列車に仕立てればよかったのだが、まあ、しかたがない。
 金沢に四回も行った理由ははっきりしている。
「オル太」という二十代の若者七人による現代美術のアーティスト集団があって、彼らが二○一三年四月二十七日から九月一日まで金沢21世紀美術館の「内臓感覚 〜遠クテ近イ生ノ声」というグループ展に出展していたのである。
 私が「オル太」と出会ったのは二○一一年秋のことで、生み出される作品が見るたびに成長してゆくのがとても楽しみで、しかもメンバーの一人ひとりがとても好感の持てる人物であるのも相まって、いつしか彼らの展示があるときは必ず見に行くようになっていた。そんな「オル太」がついにあの金沢21世紀美術館で展示をするというのだから見逃すことはできない。しかも会期中、彼らは金沢に滞在し、毎週末、パフォーマンスをしている。パフォーマンスは見るたびに違ってくる。そうするうちに四回も金沢へ足を運んでいた。
 みつこさんはというと、右腕の痛みに悩まされていた。右腕の肘あたりがつねに鈍く痛むのである。じつは二○一二年の春ごろから痛みはじめていたのだが、その年は荷物などを代わりに持ったりしながら、福島や伊豆に出かけていた。冬が近づくといったん治りかけもした。
 ところが年が明けて二○一三年の春からまた痛み出した。前よりひどくなった。整骨院、整形外科、鍼灸院など、治療の方法として考えられることはほとんど試みたが、なかなか治らない。パソコン作業などをしていて、力が入りすぎて筋肉が疲労しているのだろうといわれたりするが、原因はいまひとつよくわからない。医者に「まだ治りませんか、おかしいですねえ」などといわれて帰ってくるのを見ると、こちらまでしょんぼりしてしまう。
 せめて秋に「SLやまぐち号」に乗りに行こうと話していたのだが、七月二十九日の豪雨で山口線が寸断され、SLは運転取りやめになってしまった。こうなるといよいよ巡り合わせが悪い。そういういろいろなことが重なって、二○一三年はみつこさんと一緒に出かけた旅行はついに四月の金沢だけになってしまった。

 春は別れと出会いの季節であり、鉄道も例外ではない。年度末のこのころは例年、JRのダイヤ改正が行われるので、新しい列車が登場したり、夜行列車が廃止されたりする。
 ことしは三月十五日にダイヤ改正が実施される。東北新幹線の「はやぶさ」「こまち」が最高時速三二○キロの運転をはじめたり、長野新幹線に北陸新幹線用の新型車両E7系が投入されたり、画期的な改正点も多い。
 それよりなにより鉄道おたくにとってもっとも注目すべき出来事は、寝台特急「あけぼの」の廃止だろう。
 私はもはや驚かない。十年以上も前から、ダイヤ改正があるごとに夜行列車が消えていくのは既定路線である。いま走っている夜行列車はいずれすべて廃止される運命にあるのだから、こんどの改正ではそのうちのどれが選ばれるのだろう? ぐらいの認識でしかない。人気列車である「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」が廃止されようと驚きはしない。そんなことはもうわかっているのである。
 ところがダイヤ改正の詳細が発表されてからというもの、この冬じゅう「あけぼの」は大人気列車であった。直前になって騒ぐのは鉄道おたくの悪い癖だと思っていたが、今回ばかりはどうも違う。鉄道雑誌だけでなく、ふつうの旅雑誌や男のライフスタイルを発信するような雑誌までもが、「あけぼの」を話題に取り上げたり、「惜別あけぼの」といったムック本をだしたりしている。むしろそっちのほうが驚きである。
「あけぼの」はもともと花形列車ではなかった。登場当初は出世列車として名高い急行「津軽」の補完列車に過ぎなかったし、人気列車が次々新型24系客車に置き換えられても、「あけぼの」は旧型となり果てた20系客車を最後まで使い続けるような地味な存在だった。青函トンネルが開通し、「ゆうづる」や「はくつる」が「北斗星」に取って代わられるなか、たまたま生き残っていただけのことなのだ。それが急に表舞台に引きずり出され、スポットライトを浴びることになったのだから、「あけぼの」だってびっくりしているだろう。
 バカップル列車では第36号で「あけぼの」に乗車している。廃止前に慌ててバカップル列車を走らせる必要もない。
 それでもひとつだけ困ったことがある。ことし五月十二日に北海道の江差線が廃止されてしまうのである。廃止前に慌てるのは「悪い癖」だといったが、これは自分のことでもある。江差線、とくに今回廃止される木古内(きこない)〜江差間はまだ乗ったことがない。
「みちゃん」
「なに」
 みつこさんに話を持ちかけてみた。
「江差線に乗ろうと思うんだ」
「えさしせん?」
「うん、松前漬けの松前の近くに江差ってところがあってね……」
 私はみつこさんに江差線の話をした。なるべく食べものに話をつなげるのが重要である。
「いついくの?」
 五月までまだ時間はあるができれば早めに行っておきたい。「あけぼの」フィーバーが一段落して、春になり、いよいよ廃止の日が近づくとなれば、それこそ廃止前に慌てる人たちで江差線はあふれてしまう。だから冬のうちがいい。それに寒いところは、寒いときに行ったほうが良い。
「あした……とか?」
「いいよ。切符とれるなら」
 みどりの窓口へ行ったり、ネット検索したりして切符も宿もとれた。関東地方はあしたは雪の予報が出ている。あとは列車が動いてくれることを祈るばかりである。



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