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走れ!バカップル列車
第57号 寝台特急トワイライトエクスプレス(終着+後日談編)



   四

 高校時代に北海道を一人旅したので、北海道のローカル線は廃止された路線も含めてけっこう乗っているのだが、夕張にはまだ行ったことがなかった。当時も行く計画は立てておいたのに列車を乗り過ごしてしまって乗れなかった。それ以来、夕張には縁がない。とくに用事はないが一度は行っておきたいと思っていた。
 車掌が来たので、乗車券は新夕張から夕張まで延長してもらい、札幌から新夕張までの特急券を新たに買った。
「スーパーとかち」は「トワイライトエクスプレス」で来たばかりの千歳線を逆方向に走る。ただぼんやり乗るのもどうかと思い、旅の記録をメモしようとかばんの中のノートを探した。ごそごそとあちこち探したが見当たらない。地図の隙間やかばんの底の方までぜんぶ見たけどやはりノートはない。
 背筋にひんやりした電撃が貫き、髪が瞬時に逆立った。ノートは昨日からの旅のメモがずっと書かれてあるし、日常の作業にも使う私にとって大切なものだ。なくしたとなるとかなりの痛手になる。
 忘れてきた場所は「トワイライトエクスプレス」の車内しか考えられない。最後にノートに書き込んだのが「トワイライト」の車内だからだ。
(どうしようか……?)
 次の南千歳で降りようかどうしようか迷う。でもいますぐ戻ったって、もう「トワイライト」の客車は車庫に入ってしまっている。遺失物の管理がどうなっているのかもよくわからない。そうこうしている間も「スーパーとかち」は快調に走り続ける。もはや自分ではどうしようもないことなので、新夕張まで乗ることにした。夕張に行く可能性もまだ残しておきたい。やはり私は夕張になかなか行けないのだなと悲観的にもなる。
 新夕張に着いた。夕張までは新夕張からその昔夕張線と呼ばれていた枝分かれ線に乗る。一九八一(昭和五六)年に石勝線千歳空港(現・南千歳)〜新得間が開業したときにこちらの枝分かれ線も石勝線という路線名に統合された。
 次の夕張行きまで乗り継ぎ時間が二十九分ある。札幌駅滞在時間より長いところがちょっとおかしい。
「みちゃん」
「なに」
「ノートをね、どこかに落として来ちゃったんだよ」
「ええっ!?」
 案の定、必要以上に驚かれてしまう。「どこに?」
「たぶん、『トワイライト』の中だと思うんだけど」
「言わなきゃダメじゃん。誰か……駅員とかに」
「次の夕張行きまで時間があるから、この駅の人に訊こうかと思うんだ」
 地下道を抜けて改札口で駅員に訪ねた。
「列車の中にノートを忘れて来ちゃったんですけど……」
 そういうと、いつ、どの列車に、どんな特徴のものを忘れてきたか尋ねられる。駅員はすばやくそれをメモし、
「まだ時間が経ってないから、出てきていないかもしれないけど、コンピュータで検索してみますね」
 といってくれた。しばらくして駅員が改札のところに戻ってきた。
「まだ登録されてないみたいですね」
「そうですか」がっくり肩を落としていたんだろうと思う。駅員がつけ加えた。
「このあと新千歳まで行かれるんでしたら、新千歳の駅でも訊いてみるといいですよ。そのころには登録されているかもしれません。コンピュータはぜんぶつながってますので、どこからでも検索できますから」
 親切な駅員で良かった。そういうことならとりあえず夕張までの往復はしても大丈夫そうだ。カウンターに時刻表があったので、もう一度石勝線の列車時刻を確かめた。
 夕張からの上り列車は12時30分と13時27分がある。夕張で一時間ほどぷらぷらするなら13時27分の列車が良いのだが、そのあとの接続が悪く、南千歳に戻ってくるのが15時41分になる。ふつうに飛行機に乗るならそれでもいいが、忘れ物の検索をお願いするとしたら時間の余裕がない。やはり12時30分の列車で戻ってくるしかない。札幌駅滞在は二十八分だが、夕張は八分になってしまった。はじめて訪れる駅に八分では物足りないが、今回ばかりはしかたがない。
 夕張行きの普通列車はグレイの車体に淡いグリーンとブルーのラインが入ったディーゼルカー一両だった。幌の上や連結器の周りなどに積もった雪が凍りついている。
 列車は11時56分に新夕張を発車し、夕張川に沿って北に向かう。沼ノ沢、南清水沢、清水沢、鹿ノ谷に停車して二十六分で夕張に着いた。新夕張では晴れていたが、こちらは小雪がちらついている。帰りの12時30分発千歳行きは乗ってきた車両がそのまま折り返す。
 はじめて来た夕張の駅はなんだか奇妙で素っ気ないところだった。駅の裏に巨大なリゾートホテルがあるばかりで、駅周辺には街らしい街がみられない。あとで調べたら夕張の市街地はここから一キロほど北のところにあり、かつての夕張駅もいまの駅より二・一キロほど先の石炭の歴史村付近にあったらしい。
 さきほどと同じ席に座って来た道を戻る。途中駅の鹿ノ谷や清水沢は車窓からも地元の街を見ることができた。炭住の名残らしい団地も鹿ノ谷付近にいくつか見られた。
「ねえ、ひろさん」
 雪に覆われた山を眺めながらみつこさんが訊く。
「なんのために夕張に来たの?」
 せっかく来たのになにもせずに帰ってきたのを不思議に思ったらしい。
「ただ乗るためだよ」
「それ、楽しいの?」
「うん」楽しい。ただ乗っているだけでとても楽しい。あまりわかってもらえないだろうけど。「目的地でゆっくりできなくても、車窓からはまだ見たことのない景色が見られるし」
 みつこさんは納得したような、納得してないような、曖昧な顔をしてまた窓の外を見た。
 南千歳で新千歳空港行きの快速電車に乗換えた。新千歳空港駅の改札でノートを忘れたことを伝え、検索してもらったが、やはり見つかっていないようだった。藁をもつかむ思いで、私はJR西日本の忘れ物センターにも電話をかけた。
「明日、大阪に到着する『トワイライトエクスプレス』にあるはずです!」
 変な遺失物捜索だが、そうとしか伝えようがない。二号車三番の「スイート」にあるはずだともつけ加えた。
 帰京した翌日、新千歳空港の駅からはやはり見つからなかったと電話が入った。さらにその数日後、JR西日本の忘れ物センターからは「あった」と連絡が入った。札幌の車庫の点検では見つからず、車内のどこかに隠れたまま大阪まで戻ってしまったようだ。半分以上諦めていただけにうれしかった。
 暮れも押し詰まった十二月二十七日、宅配便で私の大切なノートが帰ってきた。夏の暑い盛りからはじまった「トワイライトエクスプレス」の旅がようやく終わった。
 長い旅だった。



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