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走れ!バカップル列車
第57号 寝台特急トワイライトエクスプレス(終着+後日談編)



   二

 ゆっくり食べて八時ごろ食堂車をでた。その足で車内探検にでかけることにする。
 四号車のサロン「サロンデュノール」までは昨日も来ているので、今朝はその先まで足を延ばす。四号車でもサロンの先はあまり見ていなかった。五号車側へ向かう通路の一角は自動販売機コーナーになっていて、一台はおつまみやシャワーセットなどを売る機械、もう一台はふつうの飲み物用の販売機になっている。自動販売機コーナーの奥はシャワールームが二部屋並んでいる。「スイート」「ロイヤル」以外の寝台にはシャワー設備がないので、シャワーをする乗客はここを利用する。時間帯の予約とシャワーカードの購入は食堂車で扱っている。
 五号車と六号車はB個室寝台の車両だ。車内レイアウトはそれぞれ同じで、大阪寄りに「シングルツイン」個室が真ん中の通路を挟んで左右に六室ならんでいる。「シングルツイン」は基本的に一人用だが補助ベッドを使えば二人までが利用できる部屋だ。札幌寄りは通路が右側(山側・太平洋側)に移って、左側(日本海側)に「ツイン」が七部屋並んでいる。「ツイン」は二人用で上下にベッドが並ぶ構造になっている。もちろん、こうした設備はパンフレットなどからわかる構造で、実際に乗客がいる部屋をきょろきょろとのぞくわけにはいかない。
 七号車の大阪寄りには小さなロビースペースがある。深緑色の革のソファが二脚、直角に並べられていて山側と大阪側に向いて座るようになっている。小型の自動販売機もある。
「ここ、いいね」
 みつこさんがソファに座って、くつろいでいる。四号車の大きな「サロンカー」よりこぢんまりした七号車のミニロビーの方が落ち着くんだそうだ。
 ミニロビーでちょっと休憩して再び探検開始。七号車のミニロビー以外のスペースには五、六号車と同じ「ツイン」が九室並んでいる。
 八号車、九号車はB寝台コンパートメントと呼ばれていて、一般的な開放型B寝台と同じレイアウトの寝台車だ。線路と直角方向に二段ベッドが向かい合わせに計四つ並んでいる。ほかの寝台特急と違うのはこの四つのベッドスペースと通路との境にドアが設けられていることだ。広さや構造は開放型寝台と同じでも、四人組で利用すればドアで仕切られた部屋をコンパートメントとして使うことができる。
 B寝台コンパートメントはところどころシーツを使っていない空席が見られる。「トワイライトエクスプレス」はどの寝台も満席だと言われてきたが、実際に乗ってみると誰も乗せずに走る寝台もあるのだ。年輩ウエイターが二日前が狙い目だといったのはキャンセルが意外に多いことをいっていたのだろう。

 九号車の札幌寄りの車端が車内探検の終点である。機関車との間に客室に電気を供給する電源車が一両連結されているが、乗客は入れない。車端の左右には車掌室があるが、その間には乗客ものぞける窓がある。窓の向こうの電源車にも連結面のドアがあって「荷物室」と書かれている。
「荷物車だね」
 みつこさんが楽しそうにいう。上野駅などで寝台特急が停まっているとみつこさんは必ず電源車の窓をのぞく。電源車の発電機以外のスペースは荷物室になっていて、「弘前行」などと書かれた麻袋を載せていたりした。それを見るのがなぜかみつこさんは好きなのだ。「トワイライトエクスプレス」は荷物は載せていないが、「荷物室」という文字にどういうわけかみつこさんは食いついている。
 ちょうど列車は登別に停車した。車掌が一人いてホームに出て様子を確認したあと、車掌室に入り、その窓からもう一度ホームを確認している。無線機からなにか声が聞こえてくる。列車が動き出し、スピードがいくらか出てきたところで車掌は窓を閉めた。
「寒いですねえ」
 私たちに話しかけてくる。いまの季節、コートなしで外に出たら寒いはずだが、最近の車掌といえば不親切な人ばかりで、用事がなければ声をかけてくることなどあり得ないのに、きょうの車掌はなんだか愛想がいい。
「その無線機で機関車とやりとりしてるんですか?」
 せっかくなので車掌に聞いてみた。
「ええ。客車なんで、無線しか機関車と交信できないんですよね。ここではドア扱いしてないんで、後ろの車掌が話してるんですが」
 てっきりこちらの車掌がドアの開閉しているのかと思った。ドア扱いしない割にはずいぶん念入りにホームの安全を確認していたように思う。
 三十分ほどの車内探検を終えて、二号車三番「スイート」に戻ってきた。
 ふたりでソファに座って、外の景色をぼんやり眺める。
 さきほどまでの曇天が晴れてきた。雪原は朝日を浴びてきらきらとまぶしく光っている。サングラスを忘れてきたことを思い出した。
 個室からは太平洋は見えず、牧場がただただ広がっている。その向こうにはあまり記憶にない、独立してそびえる山がある。地図をみたら樽前山というらしい。しばらくして車掌の観光案内でも樽前山と紹介していた。
「あ、お馬さんだ!」みつこさんが叫ぶ。
「え、どこどこ?」
 地図を見ていたら、見逃してしまった。
「すぎちゃったよ」
「えー」
 このあたりは競走馬を育てる牧場があって、運が良ければ馬が見られるといわれるが、私はまだ見たことがない。それにしてもこんな雪原に放牧したりするのだろうか。
「あー、いたいた!」
 みつこさんがまたいうので、私も急いで窓の外をみる。
「いた! ホントだ! 見えた!」
 均整の取れたサラブレッドが雪の牧場を散歩しているのが見えた。雪でも放牧するなんて、実際見るまで知らなかった。
 8時50分、苫小牧に停車した。ふとみると駅のヤードの向こうに壁に鳩の絵や「友愛」の文字を飾りたてた趣味の悪いビルがある。
「なにあのビルー」みつこさんが笑いながら指さす。
「そんなのわかりきってるじゃん。だって『はとやま』って書いてあるよ」
「あの人って、ここが地元なの?」
「よく知らないけど選挙区はこのあたりだよ」
「そうなんだ」
 列車は苫小牧から千歳線に入る。札幌の二つ先の白石で、いったん分かれた函館線と再び合流する。札幌着は9時52分。二十二時間におよぶ乗車時間もあと一時間を残すところとなった。
 千歳線は札幌近郊の通勤路線になっていて、駅周辺には高層マンションが建ち並んだりもしているが、駅から離れたところにはいまもところどころ草原が広がっている。
「ひろさん」
 ソファの向こうからみつこさんが話しかけてくる。
「なに」
「やっぱ乗って良かったでしょ?」
「うん、良かったよぉ」
 私は実感をこめて答えた。
「ひろさん、最初は乗るのよそうかって言ってたけど」
「二号車の『スイート』とか乗っても、やっぱ一号車の『スイート』に乗りたかったなって悔やむと思ってたんだけど、ぜんぜんそんなことないね」
「乗ったときもあんまりうれしそうじゃなかったし」
「いや。うれしい、うれしい」実際、乗っているうちにうれしさが実感を伴ってわいてきたのである。
「それなら、良かったじゃん」
「うん、悔やむどころか、大満足。もう別に一号車の『スイート』とか乗らなくてもいいやってなった」
「本当? そりゃあ、ホントに良かったね」
「みつこさんのおかげだよ」
「いやいや。ひろさんが八月からみどりの窓口に通い続けたおかげだよ」
「でさぁ」
「なに」
「『トワイライト』の『スイート』はもういいからさぁ」
「なに?」みつこさんが身構える。
「『カシオペア』の一号車一番の『スイート』に乗ろうよ」
「えー!? マジでー?」
「うん、マジマジ」
「うーん……寝台券が取れたらね」みつこさんは呆れかえって答えた。
 ピイイィ!
 遠くで汽笛の音がする。空は青く、大地は白い。「トワイライトエクスプレス」は終着札幌めざしてひた走る。カタカタカタという軽快な車輪の音が、いつまでもどこまでも鳴り続けていた。



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