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走れ!バカップル列車
第57号 寝台特急トワイライトエクスプレス(終着+後日談編)



   一

「トワイライトエクスプレス」は青函トンネルを走り続ける。トンネル内にはコオオーという音が鳴り響いている。
 サロンカーに行ってみることにした。みつこさんは入口を通過した瞬間だけ「入ったね」と言ったきり再び眠ってしまったので、一人で着替えて部屋を出る。
 食堂車には灯りが点いていた。厨房では女性シェフが黙々と朝食の仕込みをしている。厨房横の通路を抜けたら、車端に近い業務用ドアの前だけ床に雪が吹き込んでいた。青森のホームはこちら側だったから、雪は青森で食材を積んだときに入りこんだのだろう。
「おはようございます!」
 食堂車とサロンカーの連結面近くで、元気よく声をかけられた。ゴロゴロカートを引いてダウンコートを着込んでいるので一瞬わからなかったが、食堂車のウエイターだった。夜の営業終了後わずかな仮眠をとって朝四時前から再びの勤務。シェフといい、ウエイターといい、仕事とはいえたいへんなことだ。
 サロンカーに来たら、ちょうど若いカップルが出ていったところで、あとには誰もいなかった。もっと青函トンネルを楽しむ乗客がいるのだろうと思っていたから拍子抜けだ。食堂車の客層を見る限り、年輩の乗客が多かったから、こんな丑三つ時にわざわざ起きてくることはしないのだろう。少しばかり寂しい気もするが、だだっ広いサロンが貸切状態なのは気分が良い。
 窓の外が急に明るくなった。左右に大きく開いたガラス窓に蛍光灯の光が白く走る。竜飛海底駅だ。竜飛崎付近の地下(海抜マイナス百四十メートル)にあり、駅という名称がつけられているが、見学コースの参加者しか下車することはできない。竜飛海底駅をすぎると窓の外は再び暗闇となる。
 二号車へ戻る途中、再び食堂車を通る。さきほどすれ違ったウエイターが床掃除をしていた。
「スイート」に戻ってベッド横の窓からトンネルをぼんやり眺める。
 ピイッ! ヒャッ!
 ふたつの警笛が鳴ったと思うと次の瞬間反対方向の列車とすれ違う。いまのは上りの「北斗星」だろうか。
 青函トンネルは四時二十五分に抜けた。トンネルの外もまだ深い闇である。木古内を通過してから、再びベッドに横になった。
 五時十五分ごろ、五稜郭に到着した。五稜郭は函館線と江差線の接続駅で、青函トンネルを抜けてきた列車が札幌方面へ向かうにはこの駅でスイッチバックをするのが最短距離だ。ところが「北斗星」「カシオペア」「はまなす」は函館に停車するので五稜郭〜函館間三・六キロをわざわざ往復する。函館に停車せず、最短距離で札幌に向かうのは、逆に「トワイライトエクスプレス」だけだ。五稜郭も函館市内にあるが、駅としての規模は函館より小さい。屋根のないホームは雪が降り積もり、駅名標も外灯の支柱もなにもかもが凍てついている。
 青函トンネル用の赤い電気機関車から、青いディーゼル機関車に付け替え、進行方向が逆になって、「トワイライトエクスプレス」は五稜郭を発車した。白い闇の中を列車は滑るように走り出す。

 車内アナウンスがはじまった音で目が覚める。六時二十分ごろ、駅でいうと八雲付近だろうか。窓の外はいつしか明るくなっている。まだ眠いがなんとか起きてシャワーを浴びた。一号車の「スイート」は同じスペースに折りたたみ式トイレとシャワーがあるらしいが、こちらは別々の部屋になっているので、シャワーもトイレも快適だ。
 食堂車からモーニングティーが届いた。やはり「スイート」は破格の待遇だ。それはいいのだが、シャワーから出たばかりで体もまだずぶ濡れの状態だったので慌てて浴衣を着てドアを開けた。届けてくれたのは、四時から食堂車の掃除をしていたウエイターだった。紅茶の載ったお盆を受けとりながら、「ようやく明るくなりましたね」などと話す。
 列車は長万部を通過して函館線から室蘭線に入っている。通路側の窓には噴火湾が見えている。個室「スイート」の窓は進行方向左側だけなので、右側にある噴火湾を見るには部屋から通路に出ないといけない。てきぱきと髪を乾かし、着替えて通路に出た。
 列車はちょうど静狩峠、礼文華峠付近を走っている。火山が海岸付近に迫り、絶壁を作っていて、海岸近くにもかかわらず街道は峠越えを強いられている。鉄道は新静狩トンネル、礼文華山トンネルという長いトンネルで山を抜ける。二つの長いトンネルの間には短いトンネルがいくつかあって、その隙間に出るほんの一瞬だけ外の様子が見える。小幌という小さな駅もトンネルとトンネルの間にひっそりと佇んでいる。機関車も貨車も雪にまみれた貨物列車とすれ違った。礼文華山トンネルを抜けると雄大なカーブで右に九十度ほど曲がる。重連の青いディーゼル機関車を先頭にこの列車の前方がずっとつながっているのが見えた。

 みつこさんがシャワーから出てきて化粧をはじめた。ぼんやりと外を見ながら、
「とりあえず動いて良かったね」
 という。当日まで運転されるかどうか心配だったので、この雪のなか列車が定刻通り動いてくれてることがうれしい。
 洞爺に停車し、ドアが開く。7時18分発。昨夜19時39分に新津を発車して以来、およそ十二時間ぶりの停車である。
「七時三十分の朝食の用意ができました」という車内放送があったので、颯爽と食堂車に出かけた。朝の食堂車は六時から四十五分ごとに九時まで四つの時間帯が設けられていて、昨日乗車したときに七時半の回を予約しておいたのである。
 進行方向左側車端の十番テーブルに案内される。みつこさんは洋朝食、私は和朝食だ。洋食か和食かも予約時に注文しておいた。洋食にはスクランブルエッグにハム、サラダ、パンにヨーグルトがつく。和食は焼き鮭に煮物、ごはん、味噌汁など。どれも満足の味だった。
 食べ終わってひと息ついたところで列車は東室蘭に近づき、右側の窓には室蘭港がちらちらと見えてくる。湾の向こう側は絵鞆(えとも)半島の山々で、一番高いのは標高二百メートルの測量山だ。山頂付近にはテレビやラジオのアンテナが剣山のように建っていて一目でわかる。



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