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走れ!バカップル列車
第56号 寝台特急トワイライトエクスプレス(出発編)



   四

 食堂車から「スイート」に戻って来るなり、みつこさんは「苦しい」といって通路側のベッドに倒れ込んでしまった。時刻は二十時三十分を少し回ったところで、列車はちょうど村上を通過した。
 みつこさんはそのまま寝てしまったので、部屋の電気を消した。
「明るけりゃ、絶景なんだけどなあ」
 窓側のベッドに正座して私はひとりつぶやいた。
 村上の次の間島あたりから羽越線は海沿いを走る。とくに桑川から府屋までの海岸線は「笹川流れ」と呼ばれる景勝地だ。でも夜だから外は見えないなあと、悔し紛れに窓ガラスに顔を近づけたら、うっすらと海に白波の立っているのが見えた。
「あれ? 見えるぞ」
 部屋を暗くしているので目が慣れてきて外の景色も見えるようになったらしい。念には念をとカーテンを引き、頭と上半身の背後をカーテンで覆うようにした。こうすれば部屋のわずかな光もガラスに反射しないので、よりいっそう外の眺めが堪能できる。ただし、寒い。外気に接する窓ガラスからひんやりした空気が伝わってきて、まるですきま風でも入ってきてるかのようだ。浴衣の襟元をきゅっと締める。
 白い波は闇夜の下で、二重、三重と海辺に打ち寄せている。岬になるとそのつけ根をトンネルで抜け、次の海辺にまた白波が立つ。海と丘に挟まれたわずかな平地に身を寄せ合うように家々が並んでいる。夜空には三日月。笑っている口みたいに細く、にっこり浮かんでいる。国道を時々自動車が通り過ぎ、ヘッドライトが雪の路面を照らしてゆく。陸地は道路も浜辺も、すべて雪に覆われている。
 さっきまで夕陽が沈んでしまったことを残念に思っていたが、暗闇の海もなかなかいいものだ。もちろん、室内を真っ暗にできる個室寝台だからこその楽しみ方だ。もう一度夜空を見上げると、三日月は雲に隠れて見えなくなっていた。
「ひろさん、少し楽になったよ」寝息を立てていたみつこさんが目を覚ました。
「それなら良かったよ。心配したんだよ」
「すまんのう」
「もう寝な」言う間もなく、みつこさんは再び寝入ってしまった。
 二十一時四十分ごろ「あと五分で鶴岡です」というアナウンスがあった。深夜の就寝時間帯に入ったので、車内放送は明朝は六時二十分まで休むという。私もまぶたが重くなったのでベッドに横になる。

 ふと目が覚めると隣のベッドにみつこさんがいなかった。起き上がって部屋を見渡すとみつこさんはソファに座っている。
「どうしたの?」
「目が覚めたから起きたんだ」
 時計は二十三時五十分を回ったところだ。
「もうすぐ、秋田だよ」
 言っているうちに列車はポイントをガタゴトと渡り、大きな駅の構内に入る気配がする。
 ホームには煌々と照明が付けられていて、支柱の看板には「あきた」と文字が記されていた。列車は秋田で羽越線から奥羽線に入る。

 携帯アラームの「ジー、ジー」という音で目を覚ます。時刻は真夜中の午前二時三十分だ。
「もうすぐ青森だよ」
 みつこさんも薄く目を開けてこちらを見るが、返事はない。列車はすでにスピードを落とし、キーキーという音を立てながら急カーブを左に曲がっている。窓から前方をみると、行き先表字幕の灯りがいくつも連なっているのが見えた。このカーブを曲がりきると列車は青森駅に到着する。雪に覆われた五番線ホームには交替するJR北海道の車掌が待機していた。
「トンネルはいつなの?」
 寝る前、青函トンネルに入るところを一緒に見ようと言っていたので、みつこさんがそう訊いてくる。ところが青森には十六分停車して2時55分の発車。さらに津軽線の蟹田で運転停車して、青函トンネルに入るのはその先だから、トンネル通過は一時間ほど後のことになる。
「まだすぐトンネルじゃないんだ」
「じゃあ、寝ちゃうね」
 みつこさんは再び寝てしまった。青函トンネルを見ようといって青森で起きるのはちょっと早すぎたか。
 機関車を付け替え、進行方向が逆になって「トワイライトエクスプレス」は青森駅を発車した。
 青森からは単線の津軽線を走る。津軽線はもともとローカル線として建設されているからスピードはなかなかあがらない。蟹田に運転停車した後、中小国の先の新中小国信号場で津軽線の線路と別れ、複線の線路がまっすぐに敷かれた海峡線を走る。ここからは列車のスピードも俄然あがる。
 暗闇の中、目を凝らしながら窓の外をみた。新中小国信号場の先で上下線の高架橋が大きく離れるところがある。北海道新幹線との合流地点として予定されている箇所だ。青函トンネルは当初から新幹線と在来線の共用トンネルとして設計されているから、トンネルの手前に新幹線と在来線が合流する地点も準備されている。
 列車は猛スピードでトンネルを次々と抜けてゆく。「ここが青函トンネル?」「あれ、違った」「あ、ここが青函トンネルかな?」などと繰り返すが、どのトンネルもしばらく走ると抜けてしまう。
 そうするうちに機関車が「ピョオオオ!」とひときわ長くホイッスルを鳴らす。
「青函トンネルだ!」
 窓の外をみるといままでのトンネルとは規模の違う立派な坑門が近づいてくる。ボッという風を切る音とともに「トワイライトエクスプレス」はトンネルに入った。時計は三時四十三分。ここから約四十分間、列車は海底トンネルをひた走る。



第57号 寝台特急トワイライトエクスプレス(終着+後日談編)
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