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走れ!バカップル列車
第56号 寝台特急トワイライトエクスプレス(出発編)



   二

 わずかな振動があって、11時50分定刻に寝台特急「トワイライトエクスプレス」は大阪駅を発車した。向かいのホーム、十一番線からも列車を見送る鉄道おたくの姿がある。駅構内を出ると急カーブをぐるりと左に曲がる。ソファに座り大きな窓から前方を見ると、深緑色をした機関車と客車がカーブを描きながら連なっているのが見えた。列車はやがて淀川の鉄橋を渡り、東海道線を東へと進む。
 ウエルカムドリンクがやってきた。小樽ワインのハーフボトルだ。プラスチック製だがワイングラスもふたつ来たので、みつこさんと乾杯する。みつこさんはお酒はあまり飲めないので自分の分はオレンジジュースを注文したのだが、「北斗星」の個室に乗ったときにまさかの乗り物酔いになってしまったので、今回は先にワインで酔っておこうという算段だ。
 車掌が検札にやって来た。ドアロックに使うカードキーはこのときに車掌から受けとる。これがないと外出時に鍵をかけられないから大切なものだ。
 京都手前の新幹線高架下付近で上り「トワイライトエクスプレス」とすれ違う。昨日14時05分に札幌を出発し、このあと12時52分に大阪に到着する列車だ。「トワイライトエクスプレス」は走行距離が長いうえに上下列車の運転時間帯が微妙にずれているため、大阪から札幌までの間に反対列車と二回すれ違う。二回目は深夜○時十三分ごろに秋田県の大久保駅ですれ違うことになっているが、上り列車は水曜日は運転しないので、今回は大久保でのすれ違いは見られない。
 京都は○番線に停車。私たちの部屋の真ん前はちょうど烏丸中央口で、「トワイライトエクスプレス」を発見した観光客たちが列車の前で写真を撮ったり、部屋をのぞいたりしている。
「きゃあ、おばちゃーん!」
 みつこさんがけらけら笑いながら、おばちゃんに手を振るが、スモークガラスなので外のおばちゃんはまったく気づいていない。見られる側はこっぱずかしいが気にすることはなさそうだ。
 列車は山科から湖西線に入り、比叡山山麓のトンネルを次々と抜けている。室内探索も一段落したので四号車のサロンカー「サロンデュノール」に行ってみることにした。サロンカーは天井まで回り込む大きな窓ガラスが左側に五枚、右側は通路部分も含めて八枚はめ込まれている。ここまでくると車両全体がガラス張りのようだ。室内レイアウトは左側(海側)は通路より一段低く、右側(山側)は通路より一段高くなっている。ソファはすべて左窓側を向いていて、日本海に沈む夕陽が見られるようにというコンセプトなのだそうだ。日本海を見るのはいいのだが、右側にようやく見えてきた琵琶湖を見るには少々不便だ。ソファに座りながらだと腰をひねらないと琵琶湖の姿は見ることができない。

 12時59分、近江舞子に停車。時刻表では通過になっている運転停車だ。五分間の停車中に後続の特急「サンダーバード19号」に追い抜かれる。
 十三時を過ぎて食堂車のランチタイムがはじまっているが、二人ともまだおなかが空いていないので、お昼はあとにしていったん二号車「スイート」に戻ることにした。そうはいっても四号車のサロンカーから二号車に戻るには三号車の食堂車を通らなければならない。先に立つみつこさんが食堂車の扉を開けると、
「いらっしゃいませ!」
 ウエイターの声が勢いよく聞こえてきた。ただ通り過ぎるだけなのに来客と勘違いされてしまう。いまはまだ食べないので、みつこさんと私はおずおずと「あ、あとで来ます」。空振りしたウエイターの苦笑いに見送られる。
 いったん「スイート」に戻り、「琵琶湖って長いねえ」などといいながらしばらくぼうっとする。おなかが空いてきてもう一度食堂車に行ったら、こんどは満席で入れなかった。あらあらと思いながらサロンカーで待機。そうするうちに列車は近江塩津を通過して北陸線に入った。新疋田を過ぎたところで左側の一段高いところに上り線のループ線がちらりと見えた。
 食堂車がようやく空いて席に着いたのは敦賀に停車するころだった。敦賀駅の手前には機関庫があって、深緑色をした「トワイライトエクスプレス」専用の機関車も何両か停車していた。
 敦賀は二分停車して13時48分発。列車はまもなく長さ一万三千八百七十メートルの北陸トンネルに入る。窓の外は真っ暗なので、出てきたオムライスとビーフカレーを二人で黙々と食べた。オムライスはふわふわ玉子にからっと炒められたチキンライスがおいしかった。ビーフカレーはビーフがごろごろ入っていたがみつこさんにはやや辛めだったようだ。日本の鉄道では数少なくなってしまった食堂車だが、ランチタイムも含め一日三食分営業しているのは、下り「トワイライトエクスプレス」だけである。
 武生あたりで二号車「スイート」に戻ってきた。窓の外に福井鉄道の小さな電車が見える。次の鯖江で特急「サンダーバード21号」に追い抜かれるため六分停車。おなかも満たされて、優雅な個室の空間でだらだらと過ごす。みつこさんはソファに座って備え付けられたパンフレットを熱心に読み込んでいる。私はごろごろとベッドに横になる。次第にまぶたも重くなって、いつのまにか居眠りしてしまう。



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