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走れ!バカップル列車
第55号 寝台特急トワイライトエクスプレス(決意編)



   四

 雨の日も、風の日も、私はみどりの窓口に通った。一か月後の同じ日に「トワイライトエクスプレス」が運転される日にはなるべく時間をやりくりして行くようにした。
 もちろん、行ったって切符は取れない。朝十時○分○秒に押してもらっても、
「んー、ダメでしたね」
「そうですか、ありがとうございました」
 そんなやりとりが繰り返されるばかりだった。
 窓口が混雑していて、十時までに順番が回ってこないときもあった。やたらと話が長くて、いまそれを尋ねなくてもいいだろうというような質問を駅員になんども繰り返し聞いてるようなおばちゃんがいたりすると、列がなかなか進まなくて、そのうちに十時を過ぎてしまう。
 窓口に到着した時点で負けているときもあった。別の列車の指定券のために「十時押し」を依頼している先客がたまにいる。水道橋駅のみどりの窓口は窓口が左右に二つあり、コンピュータも二台あるが、「十時押し」の先客がいれば一台は埋まっていることになる。もう一台は一般の客のために開けておくとなると、私はすでにいる「十時押し」の客の後ろで待っていろといわれてしまう。そんな時は私の分は十時ちょうどに押されることはないから、その時点で、つまり十時を待たずして、きょうは取れないということになる。
 それだけ通えば駅員だって私の顔をおぼえるようになる。いつだったか、
「はい、次のかた!」
 駅員が顔をあげるなり、私のことをみて、「あ」といったことがある。彼の心の中では「あ」のあとには「またお前か」と続いてるいるのかな? なんて想像してみたりもした。
 顔を覚えてもらうとごくたまにいいこともある。私が右側の窓口で「十時押し」を依頼しているとき、左側の窓口が空いていれば駅員が気をきかせて、「こっちでも取ってみますね」といって二台のコンピュータを駆使して「十時押し」をしてくれることもあった。取れる寝台はどっちにしろひとつなのだが、二台で押せばそれだけ当たる確率が二倍になるのだからありがたい。もちろん、そんなときは二人ともに「取れませんでした」と言われてしまうのだが。

 そうこうするうちに九月が過ぎ、十月が過ぎた。最初のころは半袖で通っていたのに、いつしか上着を着るようになり、十一月も半ばを過ぎて薄手のコートを着る季節になった。
 二○一二年十一月十九日はその一か月後の十二月十九日の寝台券を取るためにみどりの窓口に出かけた。いつも通り「十時押し」の依頼をして、十時の時報とともにコンピュータのボタンを押してもらう。そして、いつもどおりダメだった。そのとき窓口で対応してくれた駅員はふだん見かけない若手の駅員で、
「『トワイライトエクスプレス』に乗るんでしたら、旅行会社のツアーに申し込むのがいいかもしれません」
 というのだった。ツアーには申し込まないと決めたから、こうして窓口通いを続けているのだが、たしかにその若手駅員のいう通りかなとも思いかけていた。八月はじめから十一月半ばまで三か月以上窓口に通い、そのたびに「ダメでした」と言われ続けていれば、固く決心した私だってさすがに心が揺らいでくる。
(いい加減、やりかた変えないといけないのかな……)
 そんなことをぼんやり考えながら、駅を出て水道橋を渡ろうとすると、「すみません、すみません」と、どこからか声が聞こえてきた。その声は次第に近づいてくる。ふつうじゃない近さだ。ひょっとして私に言っているのか? 振り向くと雑踏の向こうから駅員が私に向かって声をかけた。
「二号車の『スイート』なら取れたんですけど」
 雑踏が止まり、あたりの音がいっさい消えた。予想だにしていなかったことを言われて、どうすればいいのかわからなくなった。判断力をまったく失ってしまった。
「よろしかったら、窓口までお越しいただけますか」
 そう言われて、はいともいいえとも言えず、体が自動的に駅員の後ろをついていった。
 窓口の前に戻って来ると、私を追いかけてきた駅員と窓口にいた駅員三人に囲まれた。窓口にいた駅員が取れたという「スイート」の切符を私に見せる。
「トワイライトEXP号 2号車 3番 個室 スイート」
 たしかに「スイート」の切符だ。はじめて見た。本当に「スイート」の切符だ。
「十時を一、二分過ぎていたんですが、ためしに探してみたら、急にキャンセルが出たのか、たまたま取れてしまったんですよ」
 駅員もやや興奮気味に事情を説明する。
「お客様が希望してた一号車のものではないんですが、これすらなかなか取れない切符だと思いますよ」
 まったくそのとおりだ。一号車であれ、二号車であれ、取れる確率はほとんど変わらないくらいの低さのはずだ。
「いかがしましょう?」
 この期におよんで、まだ迷う。私が乗りたかったのは一号車一番の「スイート」だ。それだけと言っていい。ほかの個室に乗ったとしても、やはりあとで一号車の「スイート」に乗りたかったと悔やみ続けるだろう。それでもこの二号車の切符を買うか? それとも一号車の「スイート」が取れるまで明日以降もみどりの窓口に通い続けるか?
 駅員たちが不安げに、あるいは早く決めろとせかすように、私を見つめる。なぜか体が熱くなってきた。汗が出てくる。
「買います」
 気がついたら、そういっていた。
「買いますか? 二号車ですが、いいですか?」
 改めてそう聞かれて、自分が買うといったことに気づいた。「ええ、いいです。買います」
 二回目はちゃんと決意していった。せっかく取れた切符だ。乗車日まで一か月ほど考える時間はある。どうしてもいやならあとでキャンセルすればいい。せっかく取れた切符だから、とりあえずいまは買っておこう。
 そうして私は二号車三番の「スイート」の寝台券を買った。一号車じゃなかったのが引っかかっているのだろう。寝台券を手にしてみても、とくに感動がこみあげてくるわけでもなく、淡々と事務的に支払いを済ませて寝台券をかばんにしまった。
 家に帰って、切符が取れたかどうかみつこさんが訊いてきたとき、私はとくに喜んだ風でもなく「取れたよ」と答え、切符をみせた。
「ホントだあ! スゴイじゃん! 本当に『スイート』って書いてあるう!」
 私なんかよりみつこさんの方がものすごくはしゃいでいる。
「じゃあ、乗る?」
「乗るよぉ! 二号車っていったって、この切符だってめったに取れないんだよ」
 みつこさんがそこまでいうなら、これはもう乗るしかない。
「じゃあ、乗るか」
 最後はみつこさんに背中を押してもらった感じだ。そうして私たちは十二月十九日の「トワイライトエクスプレス」に乗車することになった。



第56号 寝台特急トワイライトエクスプレス(出発編)
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