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走れ!バカップル列車
第55号 寝台特急トワイライトエクスプレス(決意編)



   三

「トワイライトエクスプレス」の寝台券を入手するには大きく分けて二通りの方法がある。
 ひとつは旅行会社が企画するパックツアーに申込むことだ。じつはこれが「トワイライトエクスプレス」にいちばん確実に乗れる方法だ。
 JR西日本系の「日本旅行」はとくに「トワイライトエクスプレス」で北海道を行き来するパックツアーの企画に熱心で、ネットで検索するだけでも「秋の阿寒・層雲五日間」「湯けむりの登別温泉と札幌三日間」「JR旭山動物園号で行く旭山動物園四日間」といったツアーが次から次へと出てくる。「トワイライトエクスプレス」がつねに満席なのは、「日本旅行」がまとめてぜんぶ押さえてるからじゃないかと勘ぐりたくなるほどで、だから楽に「トワイライトエクスプレス」に乗りたいなら、こうしたツアーに申し込むのがベストだろう。
 しかしパックツアーは万人受けするように開発された商品だけに、私たちにとっていらないものもついてくる。今回は旭山動物園にも阿寒にも行かなくていいし、四日や五日も旅に出る余裕はない。しかもパックの旅程を見ると登別温泉をめぐるツアーは登別下車、道東をめぐるツアーは南千歳下車となっていて、終点の札幌まで乗車できない。バカップル列車はその列車の始発駅から終着駅まで乗り通すことをいちおうのルールとしているので、これは致命的だ。
 さらにいえば、パックツアーの紹介に出てくる寝台は、A寝台「ロイヤル」、B寝台「ツイン」、B寝台コンパートメントの三種類のみで、私たちが乗ろうとしているA寝台「スイート」は通常のパックツアーでは用意されていない。私たちのようになるべく短い旅程で「スイート」に乗りたいなら、パックツアーではないほうが良い。
 もうひとつの方法は、JRのみどりの窓口で切符を買うことである。これがJRの指定券を確保するのにもっとも一般的な方法だが、こちらはこちらで難点がある。窓口でふつうに「『トワイライトエクスプレス』の切符をください」といっても買えないのである。寝台特急「日本海」の寝台券を買う前に「トワイライトエクスプレス」の切符を探してもらったときがそうだった。駅員はコンピュータを操作してくれるが、「満席ですね」という答えが返ってくるだけだ。そのときの駅員はとても親切で、「スイート」だけでなく、全種類の寝台の空席状況を調べてくれたのだが、寝台が一席も空いていないという結果が出た。私はそのときはじめて「トワイライトエクスプレス」の人気ぶりを肌で実感した。
 ほとんど唯一ともいえるチャンスは、乗りたい列車が発車する日の一か月前の午前十時○分○秒にみどりの窓口でコンピュータのボタンを押してもらうことである。このことを鉄道おたくの間では「十時押し」と呼ぶらしい。
 JRのすべての指定席は列車が発車する日の一か月前の十時から全国で一斉に発売される。たとえば九月一日8時12分に東京を発車する「はやぶさ1号」に乗車したかったら、八月一日の十時ちょっと前にみどりの窓口に行き、「九月一日、東京8時12分発の『はやぶさ1号』の指定券をください」と頼む。すると駅員は117の時報を聞くなり、自分の腕時計の秒針を見つめるなりしながら、十時ちょうどにコンピュータのボタンを押してくれる。新幹線や一般的な特急列車なら、たいていの場合、それで指定券は確保できる。
 ところが「トワイライトエクスプレス」の「スイート」のような一日に二室しか発売しない狭き門だとなかなか取れない。席が希少であるうえに自分と同じように「十時押し」をしてもらう人が全国に何人もいるからである。
 十時の時報と同時にボタンを押す限り、理論上は全国横並びだ。稚内駅の窓口だろうが、指宿駅の窓口だろうが、ボタンを押すのが同じであれば有利不利は関係ない。差がつくとしたら、駅員がボタンを押すタイミングのわずかな差しかないが、ここまでくるとあとは運である。

 パックツアーでは私たちが希望するとおりの旅ができないとなれば、みどりの窓口で「十時押し」をしてもらうしかない。二○一二年八月一日から私は水道橋駅のみどりの窓口に通いはじめた。ちょうど一か月後の九月一日に運転される「トワイライトエクスプレス」の「スイート」を狙う。別に九月一日に北海道に行く予定などないが、もし「スイート」の寝台券が取れたら出かけるのである。「スイート」は逆転の発想をしないと乗れない。あらかじめ旅程を決めてそれに合わせて寝台券を取るのではなく、寝台券の取れた日が出発の日だ。
 その日、私は九時五○分ごろから窓口の周りをうろうろし、五五分ごろになっていよいよ窓口の前に立ち、列車名や時刻を書いたメモを駅員に手渡した。駅員はてきぱきとコンピュータを操作し、それから数分間、十時○分○秒の瞬間を固唾を呑んで見守った。十時を過ぎて、数十秒ほど経ってから駅員は「ダメでしたね」と私に答えた。ダメでもともととわかっていたから、まあしかたがない。
 その日以降も窓口へは根気よく通った。通うといっても毎日ではない。そもそも「トワイライトエクスプレス」が毎日は運転していない。「トワイライト」はダイヤ上は臨時列車という扱いで、大阪発の下り列車(列車番号8001)は原則として月・水・金・土曜のみ、札幌発の上り列車(列車番号8002)は同じく火・木・土・日曜のみの運転である。下りと上りを合わせれば毎日走っていることになるが、乗りたいのは「スイート」から後方の眺めが展望できる下り列車だけである。上り列車だと走る向きが逆になるから、せっかく展望席に乗ったとしても機関車のお尻をずっと眺めるだけになり、あまり面白くない。
 だから毎日ではないが下り列車の運転される日の一か月前にあたる日はなるべくみどりの窓口に通った。ふつうに考えてみれば平日も含めた朝十時に、週三日ないし四日も駅に通えるのはおかしい人なのだが、時間のやりくりはなるべく自分の意思でどうにかなるように自分でも努力してきた結果だから、そのくらいの特権は使っていいだろう。外出で水道橋駅に行けないときも、十時前後にJRのどこかの駅に立ち寄る時間があるときは、つかつかとみどりの窓口に行って「十時押し」をお願いすることもあった。
「一号車の『スイート』だけでいいんですか?」と窓口で訊かれることがたまにあった。駅員も「スイート」は入手しにくいとわかっているから、滑り止めのつもりだろう。たとえばA寝台でも「スイート」じゃなくて「ロイヤル」とか、B寝台などを第二希望に加えた方がいいのではないかというアドバイスである。はじめのうちは言われるままに第二希望も伝えていたのだが、よくよく考えればあまり意味がない。
 私は「十時押し」してもらうとき、一号車一番の「スイート」に限定して寝台券を取ってもらうようお願いしていた。「トワイライト」の「スイート」は一号車と二号車に一室ずつ、計二室ある。デビュー当初、最後尾一号車の車端にある「スイート」があまりに人気なので、JRは急遽新たに車両を改造して二号車にも豪華個室車両を組み込んだ。その二号車三番の個室がもうひとつの「スイート」だ。編成中間にある車両のさらに真ん中だから、後方の展望はできないが、一号車の「スイート」より窓が大きく、スペースも広く、シャワー・トイレなどの設備も良いらしい。もちろんこっちの「スイート」もいいんだけど、やっぱり最初は一号車一番に乗っておきたい。「ロイヤル」やB寝台だっていいんだけど、いや最終的にはぜんぶ乗りたいんだけど、まずは一号車一番の「スイート」に乗りたい。
 自分がどういう気分になるかもなんとなくわかるのだ。もし第二希望の二号車「スイート」やそのほかの「ロイヤル」に乗ったとしても、あんまりうれしくないのである。なにを贅沢言ってるんだと叱られそうだけど、やはり心のどこかで不満がくすぶるだろうと、自分でもわかっている。だから他の個室や寝台じゃ意味がない。
 それならば最初から第一希望だけを狙えば良い。乗りたいのは一号車一番の「スイート」だけなのだ。だから途中からは第二希望をきかれても、
「ここだけでいいです。一号車一番の『スイート』だけでいいです」
 と言うことにした。



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