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走れ!バカップル列車
第53号 特急スーパーひたち



   四

 いわきで一泊し、翌朝は八時十五分ごろレンタカーで出発した。警戒区域南側に近い広野までクルマで一往復、レンタカー返却後、常磐線の普通列車でも一往復する予定である。
 国道6号線を北に向かう。四ツ倉港付近で海沿いに出るが、ここも津波に襲われたようで、漁船が何隻も折り重なるように積み上げられていた。
 断崖が海に迫る波立(はったち)海岸を過ぎ、いわきから一時間ほどで東京電力広野火力発電所の大きな二本の煙突が見えてくる。下り坂を降りきったところが楢葉工業団地入口の交差点になっていて、左に行けば工業団地、右に行けばJヴィレッジ、まっすぐ行けば警戒区域で検問所がある。交差点に差しかかったところでブルーの制服を着たガードマンが駆けつけてきて、有無を言わさず「Uターンしてください!」ときた。工業団地方面に検問所はないので左折しようとしたら、また走ってくる。
「ここはUターンだけになってんですよ!」
 うんざりした顔がウインドウに近づいてくる。イヤな言い方だが、こんなところで揉めてもしかたがない。Uターンしたところで路肩にクルマを停めてしばらく検問所の様子をみてみた。
 検問所には警察官が五人ほど、警察の青いバスが三台ほどいて南相馬側とは違い、かなり物々しい雰囲気だ。ただしJヴィレッジからは工事車両や大型バスが頻繁に出入りしていて、こちらは検問所を素通りしている。事故の復旧作業が困難を極めているのはわかるが、警戒区域を東電関係車両ばかりが自由に行き交っているような印象だ。
 後ほど列車でもう一度くる広野駅前を通り、末続駅近くで国道から離れ、常磐線の線路が見えるところでクルマを停めてみた。盛り土になっている線路の向こうは海だ。ふと国道を振り返ると国道の盛り土いちめんに紫陽花が群生している。
「みちゃん、ほら、紫陽花がきれいだよ」
「ホントだ! こっちはまだ咲いてんだね」
 東京だと紫陽花の季節はとっくに過ぎているが、こちらは水色や薄紫の花があちこちに咲いている。
 いわき駅前には十時半ごろ到着。レンタカーの営業所では昨日と同じお兄さんがニコニコと出迎えてくれた。事故もなく、傷もつけず、無事に返却できた。

 いわき駅の三、四番ホームに降り立つと、ちょうど四両編成の電車が入ってきた。11時00分発の普通列車541Mだ。10時47分に着き、十二分ほど停車して広野まで走る。座席はほぼ埋まっていたがいわきで乗客のほとんどが降りてしまった。改札へ向かう階段は混雑している。ふとホームの案内看板に目をやると、真新しいシールで貼られた「広野方面」の文字。シールで隠された文字は「原ノ町・仙台方面」だったはずだ。
 この電車で広野まで一往復しようと思う。がらんとした車内に乗り込む。広野方面へ向かうのは一車両あたり七人ほどしかいない。
 定刻になり、広野行き普通列車が発車した。カタンコトンという軽快なジョイント音を立てて電車は走る。次の草野で三人ほど降りる。先頭車の乗客は四人だけになってしまった。
 四ツ倉から単線になり、やがて海沿いに出て、国道6号線と並んで走る。一時間ほど前にレンタカーで通過した波立海岸付近だ。海は青く、静かに波が寄せている。久ノ浜でまた一人降り、私たち以外の客は一人だけになってしまった。
 久ノ浜までは震災から二か月を経た五月十四日に復旧したが、その後しばらく復旧区間は延長されなかった。久ノ浜から末続を経て広野までの五キロほどの区間は線路が海に迫る丘の中を走る。トンネルとトンネルの間にわずかに見えてくる丘の向こうの海は常磐線沿線風景の白眉といっていい。それなのに常磐線はこのまま久ノ浜までの路線になってしまうのか。がっかりしていたら、地震から七か月後の十月十日、警戒区域ギリギリの広野まで常磐線は復旧した。
 トンネルの前で鳴り響くホイッスル。暗闇を抜けた後の開放感。右窓に広がる太平洋。生きているうちに二度と見ることはないだろうと諦めていた車窓をいま私は再び目にしている。そして左窓を見れば国道の土手を埋め尽くす紫陽花。丘の上にある末続駅構内にも紫陽花が随所に咲き誇っていた。
 普通列車は広野に着いた。11時24分着、わずか二十四分だったがとても充実した時間だった。電車は上下本線に挟まれた中線に停車した。電車の停止位置から北側の線路はずっと赤く錆びたままだ。ホームは元々中線に面した進行方向右側の二番ホームではなく、下り本線との隙間に設置された左側の仮設ホームを使う。仮設ホームは渡り廊下で下り本線の一番ホームとつながっていて、改札口へは跨線橋を通らずに行き来できるようになっている。下り本線にもう列車は来ないのだろう。渡り廊下は赤錆びたレールを平然と跨いでいる。
 駅の東側には緑に覆われた野原が広がっている。震災前は水田だったはずだ。記録によると広野付近は八・九メートルほどの津波が来たという。木造平屋の映画のセットになりそうな駅舎を出てみると駅前にはレンタカーで来たときと同じ光景がある。
 四両の電車は広野に十四分ほど停車して、こんどは11時38分発上り普通列車664Mいわき行きになる。来た道を戻り、いわきには12時03分に到着した。
 駅前で昼ごはんを食べ、いわきから水戸まで「スーパーひたち42号」に乗車した。従来型の651系だったが、改めて比べてみると、シートそのものの座り心地は651系の方が良かった。背中から腰へのフィット感は新型のE657系よりも上だ。ただしE657系も悪いばかりではなく、座席が一本足で立っているので、足を前の座席の下まで伸ばせる。新旧一長一短になってしまったのが少々残念なところだ。
 水戸で途中下車して、水戸芸術館で開催されている展覧会「水戸岡鋭治の鉄道デザイン展 駅弁から新幹線まで」を見学した。水戸から「スーパーひたち54号」に乗ったがやはり寝てばかり。怠け癖は結局治らないまま、終点上野に着いてしまった。



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