homepage
走れ!バカップル列車
第53号 特急スーパーひたち



   二

 上野駅の広い構内を抜け、勾配を登ると鶯谷付近で山手線・京浜東北線と同じ高さになる。まだスピードは上げないままゆっくりと日暮里を通過し、三河島への急カーブを右に曲がり、針路を東に向ける。三河島通過。反対側のホームには土浦方面から上野に向かう中距離電車が停車していた。車内は混んでいて立っている人も多い。
 南千住の手前で左に曲がり、こんどは北へと向かう。日比谷線の線路が合流して横を走り、この二線に隣接して広い敷地の隅田川貨物駅がみえる。さらにその先には開業して二か月が経とうとしている東京スカイツリーが空高くそびえている。
 つくばエクスプレスの線路もトンネルから出てきて三線の線路が並ぶ。隅田川の鉄橋を渡るころになってようやくスピードが上がってくる。
 8時20分、松戸停車。「スーパーひたち」は基本的には上野〜水戸間はノンストップなのだが、列車によっては松戸や土浦、友部といった途中駅にも停車するものがある。これが「フレッシュひたち」との違いをわかりにくいものにしている。
「快適な電車だね」
 発車してすぐに食べはじめた万カツサンドを頬張りながら、みつこさんがいう。
「三月に登場したばかりの新型車両なんだよ」
 私は崎陽軒の横濱チャーハンを食べながら、やけに自慢げにみつこさんに説明する。
 考えてみればE657系も東日本大震災と東電福島第一原発の事故とでだいぶ運命が変わってしまった。二○一○年十二月に発表された当初の計画は次のようなものだった。
(一)常磐線の特急列車を上野〜いわき間といわき〜仙台間の二系統に分離
(二)現在「フレッシュひたち」に使用されているE653系はいわき〜仙台間の特急列車に配置転換
(三)登場して二十年以上経過している651系は順次E657系に置き換え、いずれは上野〜いわき間の特急列車をすべてE657系に統一する
 しかしこの計画の(一)(二)は常磐線の広野〜原ノ町間、相馬〜亘理間が運休中であるため実施されていない。(三)はE657系は常磐線での使用は開始されたが、すべてを置き換えるところまでは進まず、いまは651系、E653系を含めた三系列の車両が混在している状態だ。
「食べて」
 みつこさんが万カツサンドを一切れだけ残している。
「もういいの?」
「おなかいっぱいなんだ」
「じゃあ、もらうよ」
 みつこさんが残すなんて珍しいなと思いながら、それでも万カツサンドはちょっと食べておきたい。手を伸ばし、残された一切れを一口で食べる。チャーハン弁当もおいしかったが万カツサンドは定番の味でおいしい。カツの肉もしっかりしている。
 柏をノロノロと通過する。どうしてこの列車はこんなにノロノロ走る区間が多いのだろう? 速い列車なら上野〜水戸間を一時間五分ほどで走るのに、この「スーパーひたち7号」は一時間十八分もかかっている。
 乗っているときはわからなかったが、旅から帰り、時刻表二○一一年三月号(震災前)を見てその理由がわかった。「スーパーひたち7号」はもともと柏と偕楽園に臨時停車するようにダイヤを組んであるのだ。ひとつの駅に停車するとなるとその駅の停車時間に加え、その駅の前後で加速、減速をするために二分〜三分ほどロスが発生する。その分を含めたダイヤであるのに、柏にも偕楽園にも通過するから、ノロノロ運転で浮いた時間を吸収するようになっている。
 腹が満たされたみつこさんはさっそく居眠りをはじめる。我孫子で成田線が分かれるのを見送り、天王台を通過すると風景ものんびりしてくる。おっさんが畑仕事をしている。

 いつのまにかうとうとしていたようで、霞ヶ浦がちらりと見えるところで目が覚めて、土浦に停車。やはり怠け癖が抜けないのか、調子がいまひとつだ。ちゃんと車窓を見ようとしているのに、ぼんやりしたり、居眠りしたりとかなりたるんでいる。土浦の先の電車の車庫を過ぎると蓮田があって、青々とした大きな葉が一面に広がっていた。
 土浦の蓮田を見届けたあと、また居眠りしてしまい、列車は水戸に着いていた。9時18分着。乗客の大半がぞろぞろと降りてゆく。車内はまだ三割ほどの座席が埋まっているが、なんとなくがらんとした雰囲気になる。
 勝田を発車してしばらく順調に走っていたが、通過するはずの大甕駅構内で急停止してしまった。いったいなにごとかと思ったが、前方の車両で誤って非常停止ボタンが押されたためということだった。乗っている車両の非常停止ボタンを見たが、デッキに出るドアのすぐ横にあって、通路を歩いているときに電車が揺れたら、うっかり手をつきそうな場所だ。このボタン、位置を改良しないとこれからもうっかり緊急停止が増えそうだ。
 常陸多賀を発車して、日立電鉄の鮎川駅があったあたりを過ぎると海が見えてくる。日立に停車。普通列車広野行きを追い抜く。日立関連企業の社宅だろうか、五階建てだけどエレベーターがついていないような、コンクリートの無骨な設計の団地が何棟も続いている。
 海はちらりと見えたり、また見えなかったりだ。それでも心なしか空は広く、その先近くに海があるという雰囲気はそこかしこに漂っている。防潮林が植えられているところもあった。津波の被害はいくらかくいとめられただろうか? とふと気になる。
 磯原を通過するあたりで霧が出てきた。また海岸に近づくが霧が広がっていてなにも見えない。泉と湯本に停車して、10時25分ごろいわき駅四番ホームに着いた。大甕での急停車があったので三分遅れての到着だった。
 ホームに停車して回送を待つ特急列車をぼんやりと眺める。
 現在のダイヤでは「スーパーひたち7号」は10時22分にいわきに着き、そこで終点になっているが、震災前日までの「スーパーひたち7号」は仙台行きだった。いわきに三分停車した後、10時25分に発車、広野、富岡、大野、浪江、原ノ町、相馬に停車して12時23分に仙台に到着する。上野〜仙台間四時間二十三分は、東北新幹線開通前の在来線特急と比べても遜色ないスピードである。
 この列車はもう発車する時刻ではないのか? 仙台に向かわなくていいのか? 見えることのないダイヤ上の列車を追いかけて、思わずそう呼びかけたくなる。



next page 三
homepage