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走れ!バカップル列車
第52号 急行きたぐに



   四

 急行「きたぐに」の編成は先頭の新潟寄りが十号車、いちばん大阪寄りが一号車となっている。一号車から四号車が普通車自由席、五号車がB寝台車、六号車がグリーン車、七号車がA寝台車、八号車から十号車がB寝台車である。同一形式の電車でこんなにバリエーションのある編成ができるのは、583系がもともと昼夜両用として設計されているからで、東北新幹線が開業するまでは、上野から青森まで昼間の座席特急「はつかり」で走った車両が、寝台をセットした上で上野行きの寝台特急「ゆうづる」で戻ってくるといった運用をしていた。
「きたぐに」はその特徴を活かして私たちが乗っている八号車を含めた五、八〜十号車が三段式寝台にセットしたB寝台車になっていて、一〜四号車が座席にセットした自由席車となっている。六号車のグリーン車はもともと座席専用車両で、七号車のA寝台車は「きたぐに」用として改造した二段式の寝台専用車両である。
 車内探検しようと歩きはじめると、車掌が放送で「人物を写すような写真撮影はご遠慮ください」などといっている。そんな放送ははじめて聞いたから、びっくりした。最近「きたぐに」の車内でそんなトラブルがあったのだろうか。肖像権とかそういったことが関係しているのだろうが、なにごとも小難しい世の中になったものだ。
 私は各車両で室内の寝台、座席の様子、車両形式のプレートなど、583系「きたぐに」のいろんな姿をカメラにおさめた。どの車両も寝台は七、八割は埋まっているが空席もある。グリーン車も多少の空席が残っているが、八割方は埋まっている。座席車なので車内の様子がよく見渡せるのだが、見れば鉄道おたくたちばかりだ。誰かが絶えず立ったり座ったり、あっちへいったりこっちへ行ったりしていて、妙な盛り上がりをみせている。ここで人物の写らない写真を撮るのはムリだ。逆に四号車からうしろの自由席車は一人旅風の女子や、おばちゃん、おっさんが四人掛けボックスシートに一人、二人といった具合にわりとゆったりと座っている。誰も座っていないボックスもあるくらいだった。
 八号車に戻って、みつこさんに車内探検で撮ってきた写真をみせた。元気よくカーテンを開けたのはいいが、みつこさんはすでにうとうとしていたようで、ちょっと迷惑そうだった。
 0時03分、京都を発車。車掌が途中停車駅と到着時刻の案内をはじめた。通路をうろうろする人も少なくなり、車内も落ち着いてきた。私も下段の寝台に潜りこんだ。姿勢を整えようと動いたとき、天井に頭をゴツンとぶつけてしまった。
「きたぐに」は東海道線をひた走る。「サンダーバード」など北陸線の特急列車は、琵琶湖北側の湖西線を通るが、「きたぐに」は湖西線開通以前からのルートである米原経由だ。
 米原は五番線に停車。十四分停車して1時08分に発車した。ポイントをガタゴトと通過して北陸線に入る。

 いつのまにか眠ってしまっていた。車内は静かだ。「きたぐに」は軽快なモーター音を轟かせながら、北陸線を疾走している。小松に停車した。2時51分発。
 二十分ほど走って金沢に到着した。こんな夜中だがホームの照明が煌々と輝いている。金沢は三十六分停車する。その間に長い編成の貨物列車が通過していった。3時47分、金沢を発車した。富山から糸魚川までは滑川、魚津、黒部、入善、泊とこまめに停車する。そうこうするうちに再び寝てしまい、直江津の手前で車掌の朝の放送がはじまってようやく目がさめた。
 直江津には二十一分停車する。まだ夜は明けていないが、洗面に行く人などで人通りがまた多くなる。6時17分、直江津発車。ここから新潟まで「きたぐに」は信越線を走る。直江津で二十分以上も停車したのはここから先の区間は「きたぐに」が新潟方面の一番列車の役割も果たすからで、新潟の通勤・通学時間帯に合わせるようなダイヤになっている。その証拠に、三月十六日で大阪〜新潟間の「きたぐに」は廃止されてしまうが、三月十七日から直江津〜新潟間にはいまの「きたぐに」と同じダイヤの快速列車が設定されている。
 柿崎を過ぎ、青海川、鯨波のあたりでようやく空が白くなってくる。暗い曇天の下に白波の立つ日本海が広がっている。風が強いのか、波はけっこう高い。ざっぱーんと波が岸壁にぶつかって飛沫が散っている。
 みつこさんが起きてきた。朝のむくんだ顔でにこにこ笑っている。
「下の方があったかいね」
 下段の寝台にやってきていう。デッキに出るドアの脇にあるからか、すきま風が入り、寝ていても少々涼しかった。中段はもっと寒かったのだろうか。
 柏崎を発車したあたりで代わりばんこに顔を洗いに行き、二人で下段の寝台に潜りこんで体育座りをして窓の外をみる。天井は低いが、窓の高さに合わせて湾曲しているので、窓側だけは高くなっている。天井が高くなっている窓際へ頭が入りこむようにすれば、体育座りしていても首を曲げなくて済む。しばらく二人ともこの体勢で車窓を眺めていた。
 柏崎を過ぎると信越線の線路は海岸沿いを離れ、東頸城丘陵の北端を横切る山あいに入ってゆく。窓から見えるのは豪雪地帯の光景で、どの建物も軒並み一メートル以上の雪を屋根に載せている。雪が激しく窓を打ちつける。シャーベット状になった雪が窓をどんどん覆い、外が見にくくなってくる。
 長岡でも時間調整のため十四分停車する。ホームに出てみると、電車の車体には前面といい、側面、床下といい、すべて雪にまみれている。一晩中、雪の中を走り続けてきた北国の列車ならではの姿だ。
 長岡は7時28分に発車した。みつこさんは車窓に飽きたのか、くたびれたのか、コートを被って寝台に寝転がってしまった。
「寒くないの?」
 訊くと、
「大丈夫」
 と目を瞑ったまま答える。
 新潟まであと一時間。地元客の便利のため、見附、東三条、加茂とこまめに停車する。急行列車は真っ白い雪原が一面に広がる越後平野を快調に飛ばしている。長岡までの丘陵地帯では雪が激しく降っていたが、平野部ではちらちらと舞っている程度だ。8時10分、新津に着いた。
「きたぐに」は新津で急行列車から快速列車に変身する。これも通勤・通学客の便利のためで、急行券を買わずに定期券だけで乗れるようにするはからいだ。ただしきょうは日曜日なので新津から乗車する地元客は四、五人程度だった。
 快速「きたぐに」はさらに信越線を北上し、小雪の舞う新潟駅に到着した。昨日までに降った雪の除雪が追いつかないのか、新潟駅のホームも雪で覆われていた。
 運転するかどうか危ぶまれた「きたぐに」だが、結局新潟には時刻表どおり8時29分に到着した。ところがその後、再び雪が強くなったのか、二月五日発の「きたぐに」はまたも運休になっていた。



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