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走れ!バカップル列車
第51号 特急はくたか



   三

 日本海側は大雪でも関東平野はきょうも快晴だ。「とき319号」は大宮へ向かう高架線を走っている。空気はやや霞んでいるが真っ白な雪をかぶった富士山がうっすら見えた。
 大宮に着くちょっと前に弁当を食べはじめた。昼には早いが目の前に弁当があるとやはりなんだか食べたくなる。ヒレカツ重弁当はカツ丼にあるような卵とじのカツ煮がどどんと載っている。サンドウィッチだけだとちょっと少なそうなのでみつこさんにカツ煮を一切れあげた。
「代わりにあげるものがなくてすまんのう」
 恐縮しつつもみつこさんはおいしそうにカツ煮をたべていた。
 二分遅れて発車した「とき」だが高崎に着くころには定刻通りに回復していた。遠く左には妙義山、左前方には榛名山が見える。青空が広がっているが上越国境の三国山脈に近づくに連れ、次第に雲が多くなる。関東平野も北端まで来ると日本海側を覆う雲の切れ端が山脈を越えてやってくる。現に上毛高原付近では十センチほどの積雪があった。これで大清水トンネルを抜けると猛吹雪になっていたりするのだが、いざトンネルを抜けて越後湯沢に着くと、きょうは雲が薄く青空ものぞくほどで、雪などちらりとも降っていない。
 だがやはりここは雪国だ。ホームに降り立つと空気がきゅっと冷たい。寒暖計を見ると摂氏○度を示している。
 特急「はくたか」の発車する在来線ホームは雪に埋もれていた。全体が頑丈な建物に覆われた新幹線ホームとは違い、ホーム上に屋根があるだけなので線路だけでなく、ホームにも雪が入りこんでいるし、ホームの屋根に一メートルも雪が積もっている。細い支柱と薄い鉄板の屋根をみていると雪の重みで倒れないかと心配になる。真冬の越後湯沢にはスキーで何度も来ているが、こんなに積もっているのははじめてだ。跨線橋の下には無数のつららがぶら下がり、ワンマン運転用の安全ミラーの上のわずかなスペースにさえ五十センチ近くの雪が積もっている。
 新幹線から「はくたか10号」に乗り換える客が寒風吹きすさぶホームに行列をつくっている。発車時刻が近づいているというのに一番ホームに「はくたか」はいない。金沢方面からきたこの駅止まりの「はくたか7号」がとっくに着いてていいはずだが、その列車が遅れているようだ。
 発車時刻となる十二時三十九分になってようやくアナウンスがあった。列車の到着は四十九分ごろになるとのこと。
「はくたか7号」はアナウンスどおり十二時四十九分ごろ到着した。一時間近くもの遅れだ。車内清掃が大急ぎで行われる。外は寒いので早いところ車内に入りたいが、おばちゃんたちが早送りのようなスピードでがんばって掃除しているので文句はいわない。
 十三時ごろになってようやく清掃完了。ドアが開いて乗客たちが乗り込む。乗車が済んで乗務員の準備も整って特急「はくたか10号」が発車したのは二十六分遅れの13時05分ごろだった。

「はくたか」は、金沢(福井・和倉温泉)〜越後湯沢間を北陸線・信越線・北越急行ほくほく線・上越線を通って走る特急列車で、一日十三往復が運転されている。上越新幹線と越後湯沢で接続しており、東京〜金沢間を三時間五十分ほどで結ぶので、東京〜北陸間の移動にいちばん便利な列車となっている。とくに第三セクター鉄道である北越急行線内は国内在来線としては最高速の時速一六○キロで走り(京成スカイライナーと同じ)、到達時分の短縮に寄与している。
 現在の「はくたか」が登場する以前、国鉄時代においても「はくたか」という特急列車が走っていた。大阪〜直江津〜青森・上野間(大阪〜直江津間併結運転)を走っていた特急「白鳥」のうち、一九六五(昭和四○)年に上野発着の編成を分離して「はくたか」と名づけられたのが最初である。当初は信越線を回る長野経由のディーゼルカーだったが、一九六九(昭和四四)年に電車化されるとき上越線を走る長岡経由にルートが変更された。国鉄時代の「はくたか」は一九八二(昭和五七)年の上越新幹線開業により廃止され、列車名としての「はくたか」も消滅した。
 一九九七(平成九)年三月に北越急行ほくほく線が六日町〜犀潟間で開業した。もとは国鉄線として建設がはじめられていたが経営難によりいったん工事が凍結。第三セクター鉄道である北越急行が発足して工事を引き継ぎ(一九八四年)、トンネル掘削に十年半もの歳月をかけて開業した。建設が進まない北陸新幹線に代わる路線として、初期のころより高速バイパス鉄道として整備が進められていた。越後湯沢で上越新幹線と接続し、スーパー特急で富山、金沢まで走れば首都圏と北陸地方の交通が格段に便利になる。そのスーパー特急に名づけられた愛称が「はくたか」であった。「はくたか」はだから北越急行ほくほく線開業の最大の目玉商品として復活を果たしたのである。
「はくたか10号」は明るいグレイに赤のラインの入ったスマートな車両の六両編成。先頭の一号車がグリーン車指定席、二号車〜四号車が普通車指定席、五・六号車が普通車自由席となっている。私たちは「フルムーンパス」の特権を最大限活かして一号車のグリーン席である。
「10号」と号数がついているとおり、越後湯沢から金沢方向が上り列車の扱いで偶数番号がついている。東京を中心にして考えると越後湯沢から金沢へ向かう列車が下り列車、反対方向が上り列車とつい考えてしまうが、「はくたか」は金沢から越後湯沢方向が下りで奇数番号、反対が上りで偶数番号だ。これは北陸線の走る方向(大阪から金沢・富山方向が下りになる)に合わせているためである。
 上越線を滑るような静けさで「はくたか」は走る。雪があまりに深く、車窓からは雪の壁しか見えないため、どこを走っているのかまったくわからない。ようやくなにか見えてきたと思ったら石打の駅を通過するところだった。側線に電車が留置されているのだが、ほとんど雪に埋まっている。湯沢では晴れ間も見えていたがこちらは雪がちらついてきた。
 石打を過ぎると次第に雪の壁はなくなってきて、スキー場の脇を抜けたりしながら上越の谷あいを魚野川に沿って走る。六日町でポイントをガタンゴトンと渡り、上越線から北越鉄道ほくほく線に入る。高架線になり左にゆるやかにカーブするとトンネルだ。



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