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走れ!バカップル列車
第50号 三陸鉄道復興支援列車



   五

 田老をひととおり見て回ったあと、駅前に戻ってきたが、次の三陸鉄道の上り列車は17時35分発であと一時間ある。みつこさんも私も心身とも参ってしまったので、三陸鉄道には申し訳ないけれど、16時38分に駅前を発車する宮古駅行きのバスに乗ることにした。バスはすぐにやってきて、国道を走りはじめた。トンネルだらけの三陸鉄道より眺めがいいかと思っていたが、いつのまにか眠ってしまい、いつのまにかバスは宮古に着いていて、慌ててバスを降りた。
 三陸鉄道の宮古駅で記念切符や土産物を買って宿に向かった。
 ものすごく不思議にみえたのは、駅前ロータリーではバスやタクシーがふつうに出たり入ったりして、高校生やおばちゃんたちがふつうに駅前広場で休んだり待ち合わせしたりしている。もう大丈夫なのだろうかと勝手に心配するが、駅前にはふつうの生活がすでに戻っている。
 旅に出る前に心配だったのは、宮古市内で宿泊できるのだろうかということだった。日程を考えると宮古で泊まれればその前後の行動がスムーズになり、有り難いのだが、宮古の街も津波の被害に遭っていて、そんななかで営業を再開できている宿が果たしてあるのかどうか。宮古の街がどの程度復旧しているのかは、東京にいるうちはほとんどわからない。
 どこの宿にきけばいいかわからないので、出かける前の日、観光協会に電話してみると、いま宿泊できるビジネスホテルと旅館を四軒ほど紹介してくれた。みつこさんはどちらかというとホテル形式のほうが好みなので、ビジネスホテル二軒にかけてみたが一軒は満室で、もう一軒の「宮古セントラルホテル熊安」というホテルはシングル二室で予約が取れた。駅から港方向へ八分ほど歩いたところにあるホテルだ。
 みつこさんと二人で宮古市内を歩きながらホテルへ向かう。駅前近くの飲食店や洋品店なども通常営業に戻っているが、港に近づくにつれ、店先のガラス窓に泥の線が残っている店や仮店舗の案内を貼りだしている店が増えてきた。
 宿に着き、部屋に入る。二人で旅行して部屋が別々になるのは、寝台特急「あけぼの」の個室寝台以来かも知れない。それぞれ部屋で一休みしてから、晩ごはんを食べに街に出る。ホテルのフロントで教えてもらった「魚元」という店にいく。駅まで半分ほど戻ったあたりにある割烹料理店だ。
 頼んだ料理はどれもおいしかった。刺身盛合せ、中落定食、めかぶそば……。どんこ逆焼きというのも注文した。「どんこ」と呼ばれるエゾイソアイナメのおなかに味噌を詰めて焼いた料理だ。柔らかな身と甘めの味噌をまぜながら食べるのがおいしい。
 みつこさんが給仕のおばちゃんに津波はどうだったか訊いた。
 不愉快に思われるかもしれないのでおそるおそるだったが、おばちゃんは津波の報道写真集を二冊ほど持ってきてくれた。一冊は新聞社のもので、もう一冊は宮古の広報誌だった。それを見ながら、おばちゃんは自分の体験を交えてあれこれ説明してくれた。
「ここら辺はそれほどでもないけど、市役所や港のほうは被害がひどくて、まだなおってないところも多いよ。自分の家は山のほうで大丈夫だったんだけど、津波が来たとき娘と離ればなれだった。助けに行こうと思って海のほうに向かったけど、瓦礫やらなにやらで道がふさがれていて行けなかった。娘は無事で後で会えたが、海のほうは遺体がごろごろしていたみたい……」
 広報誌の写真を見ていると偶然にもきょうの宿「セントラルホテル」が写っていた。すぐ前の道に漁船が流れ着いている写真だ。宿の前にも漁船が来るほど高い津波が来ていたと知ってだいぶ驚く。
「この店も、一階は津波で埋まったんよ。座敷も生け簀もダメになった。生け簀にも魚がたくさんいたんだけど、ぜんぶ流されちゃってねえ」
 カウンターの内側にある大きな生け簀がなにも使われていないのが気になっていたのだが、言われてみれば当然で、津波からまだ復旧していないのだった。
「一時はこの店ももうダメなんじゃないかと思ったけど、どうにかここまで来れたね」
 その最後のひとことにじんと来た。被害を目の当たりにすれば絶望的な気持ちになって当たり前だ。誰もが最初から強かったわけではない。最初は凹んでもしかたないのだ。それでも時が過ぎて、少しずつ再開しようという意欲が出てくる。だんだん強くなってくる。そうして徐々に復興が実現してゆく。
「また来てね」
 帰るときおばちゃんがそういってくれたのがとてもうれしかった。

 翌七月三日、朝ごはんを食べる前に散歩に出かけることにした。
 昨夜「魚元」のおばちゃんから聞いた市役所のほうへ行ってみようと思う。宮古駅を出た先にある山田線の鉄橋も気になる。
 八時ごろホテルを出て前の道を港のある東方向へ歩きはじめる。昨夜は気がつかなかったがホテル付近を境にして港方向は急に被害がひどくなっている。商店のシャッターはことごとく壊れ、営業を再開している気配がほとんどない。昨夜写真集で見たホテルの並びの商店もシャッターがめちゃくちゃだ。「ここに漁船が突っ込んだんだね」とみつこさんと確認した。
 市役所前のスロープがループ状になっている歩道橋を渡る。ここも写真集で見た場所だ。黒い津波がスロープのループを襲い、どちらも渦巻いて沈んでいくように見えていた。
 市役所は一階、二階までの被害が酷かったようだ。庁舎入口は木造の扉になっていて、三階から上は事務机や書類が並んでいるので、無事に使えているのだろう。
 市役所の反対側の道はもう港に面していて、すぐ前には高さ三メートルほどの防潮堤がある。そびえ立つようなこの防潮堤を黒い津波は軽々と乗り越えてきた。
 防潮堤には階段がついているのでてっぺんまで登ってみた。閉伊川の河口が港になっていて、漁船が何隻か川縁に舫っている。
 こんどは閉伊川に沿って川上方向に歩いた。宮古大橋、宮古橋を過ぎれば、その先に山田線の鉄橋があるはずだ。住宅地の先に土手がみえてきた。草むらを掻き分け、土手のてっぺんに登ると赤く錆びたレールがあった。
 土手から川のほうを見ると、赤いレールがぷつんと途切れている。その先には線路の砂利もレールもない。川の中には鉄橋の橋脚だけが五つほどぽつんとあるばかりだ。最近まで落ちた橋桁が近くにあったらしいが、昨日その撤去作業が終わったという。向こう岸に近いほうは青い橋桁が残っているが、橋の半分が落ちてしまっては山田線は走れない。
 川と反対方向をみると宮古駅がある。ディーゼルカーの停まっているのが見えるが、駅の近くの線路も途切れていて、列車がここまで来られないようになっていた。川の手前のこの線路だけが、橋にも駅にもつながらず虚しく赤く錆びている。



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