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走れ!バカップル列車
第49号 仙石線と仙山線



   六

 姐御の所属するチームのリーダーは、店が臨時休業になって従業員が解散になったあとも、もたもたと店に残って仕事をしていたという。帰る方向は同じだそうだが、自動車通勤とはいえ、当然、姐御よりも時間は遅くなる。運転中に津波が来て、自動車ごと流されてしまったそうだ。
「それでどうしたんですか?」
「窓ガラスが割れたんだか、よくわからないんだけど、クルマからは脱出できたみたいなのね。それでまた流されたあとに、どこの誰だか知らないおっさんと誰の家だかわかんない家の前にたどり着いたんだって……」
 おっさんはその誰の家かわからない家に勝手に入っていって、勝手に押入から布団を出してきて一晩過ごすしたくをはじめた。避難してしまったのか家には誰もいないし、あたりは真っ暗でものすごく寒いので、リーダーもそのおっさんにならって布団に潜りこみ夜を明かした。おっさんなんかはタンスから服やら下着やら引っ張り出してきて、着替えまで済ませてしまったそうだ。
「君も着替えなさいって言われたらしいんだけど、そんなおっさんの前で着替えするのなんか嫌だから、いいですって言って着替えはしなかったみたいなのね」
「え? そのリーダーって女のひとなんですか」
「そうよ、二十代後半の若い女の子なのよ。嫌でしょ!」
「ええっ! そんなの嫌だよっ!」
 みつこさんも驚いている。
「だから毛布にくるまってずっと寝てたらしいんだけど」
「そりゃそうだよ」
「その子、かわいそうなのよ。次の日、自衛隊に救助されたらしいんだけど、帰ったら、家、流されてなんにもなくなってたんだって」
「え……?」
「ケータイで撮った写真見せにきてね……」
「あ、ああ……」
「家、流されちゃったんですよ〜、家の基礎だけ残ったんですよ〜ってふつうに言われるの」
「えええ」
「最近の子ってあっけらかんとしてんのよね。そんなこと言われたって私も言いようがないから、『そうなの』って笑って応えるんだけどね」

 壊滅的な被害を受けたパチンコ店や紳士服店、駐車場などの脇を通りながらさらに歩き続ける。
「あそこに逆立ちしているクルマがあるわよ」
 見ると、パチンコ店の脇に乗用車が立った状態で放置されている。こちらも私有地だからという理由で撤去してもらえないのだろう。
 再び大きな車道に出る。産業道路と呼ばれている上下四車線の道路だ。国道45号線から一区画ほど海側の位置に45号線と平行するような感じで走っている。
「最近になってようやく救急車のサイレンが聞こえなくなったわね」
 産業道路の歩道を歩きながら、姐御がいう。
「震災直後から救急車の音が聞こえないときがなかったもの」
 この道路にも歩道橋があるが、その階段のすぐ前に消費者金融の無人契約機の小屋がまったくとんちんかんな方を向いて建っている。どう考えても、もともと歩道橋の階段の前に設置されてたとは思えないから、きっと道路の反対側から流されてきたのだろう。小屋は木造で、壁は剥がれたり破れたりして断熱材が剥き出しになっている。室内は散乱して足の踏み場はない。エアコンは管の部分だけつながった状態でぶらさがっている。かんじんのATMは埃にまみれている。中味をこじあけたりした形跡は見られないが、現金は大丈夫なのだろうか?
 その産業道路の並びに平屋のお寿司屋の建物があって、その屋根にも逆立ちした乗用車が寄っかかっている。店の建物は窓ガラスは割れていたり、割れてなくても窓が開けっ放しになったりしている。近づいてみると、泥にまみれた福助人形が割れた窓の向こうから道行く人に寂しげな笑顔を投げかけていた。
「コインランドリーのお店があそこに見えるでしょ」
 姐御が産業道路沿いにあるコインランドリーの店を指さす。
「あのコインランドリーで働いていた女の子がね、向こうにある七十七銀行のところで見つかったらしいの……」
 地図をみるとコインランドリーから45号線沿いの七十七銀行までは一区画とちょっと歩いたところにある。距離にして四、五百メートルほどだが、こんなところに津波など来るわけないと誰もが思っていた多賀城市街地に津波が襲いかかり、多くの人びとが流され犠牲者が出てしまった。
「うちの両親とか、このあたりの戦争を経験した世代の人たちは、今回の津波の被害は戦争より酷いって、みんないってるわね」
 被災地の踏査を切り上げ、多賀城駅まで戻ってきたところで周辺地図を眺めながら姐御はそういった。
 姐御の職場は仙台港の西側七、八百メートルのところにあるが、そこまでは津波が来なかったという。津波は西には来ないで北に向かった。だから国道45号線や産業道路などいまさっき歩いてきたところが被害に遭った。
 駅からタクシーに乗り、こんどは古代律令時代の多賀城趾を見学した。ここはいまの市街地よりさらに二キロほど山側にある。帰りは国府多賀城駅まで歩き、十七時過ぎの東北線鈍行電車に乗って仙台に出た。
 仙台の駅も地震で壊滅的な被害をうけた。天井が悉く落ちてしまった新幹線ホームは、いまどきの店舗の内装のように軽鉄骨の骨組みが剥き出しの状態で仮復旧した感じになっている。正面玄関ともいえる西口の駅舎は全体が灰色の防塵シートに覆われていてまさに復旧工事の真っ最中という印象だ。
 おなかも空いてきたので、駅にほど近いイタリアンのお店で三人で晩ごはんを食べた。パスタやピザ、ひととおりたらふく食べて落ち着いたところで姐御がぽそりといった。
「日本人は、反省しない民族なんだね。今回のことでつくづくわかったよ」
 なにか事件があるとそのときだけ騒いで問題だってなるけど、すぐ忘れちゃって、また同じ失敗を繰り返すということらしい。辛口の姐御らしく、相変わらず鋭く世相を言い当てている。
 姐御も最近は旅にはあまり行かず、その代わり庭いじりが楽しくなっているんだそうだ。そんな姐御の日常の変化に思わず時の流れを感じてしまう。
 姐御はまた仙石線に乗って家に帰る。仙台駅まで戻ると、「じゃあね」といって姐御はにこにこ笑いながら改札口を抜けていった。



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