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走れ!バカップル列車
第49号 仙石線と仙山線



   四

 ボタンを押してドアを開けると、姐御が乗ってきた。
「わあああぁ!」
「おおおおぅ!」
 最初になにを言い合ってたのかはよくおぼえていない。二人ともがそれぞれ好き勝手なことを適当に叫んでいたようにおもう。そうしてみつこさんもいて二人を互いに紹介しながら姐御を挟んで三人横に並んで座った。
 姐御はメガネをかけていて白髪がちらほら見えている。無理もない。最初に会ったのは二十年前で、いちばん最近会ったのが十二年前なのである。私だって二十年前はもっと若くてやせていた。いまはだいぶ太って白髪も増えた。
 とにかく姐御はどこからどう見ても元気そうで、いつもにこにこしている。よかった。やっぱり姐御は姐御だ。
 私が「姐御」をそう呼ぶようになったのは出会ったソ連旅行でのある出来事がきっかけだ。最初に「姐御」という言葉を出したのは奈良から来た三人組の学生だった。何ごともズバズバとはっきり意見を言い、ときに若者の行動を戒め、ときには周囲の日本人旅行者を取りまとめてリーダーシップを発揮するその姿はまさに姐御と呼ぶにふさわしいお姉さんだった。
 ただナホトカへ向かう船の中でも、ハバロフスクへ向かう乗り継ぎ列車でも、面と向かって「姐御」と呼ぶ人はいなかった。
 乗り継ぎの合間に立ち寄ったハバロフスクの百貨店にいたときだ。奈良の学生と姐御と私とほか何人かの日本人で行動していたのだが、さあ帰ろうかというときに姐御の姿が見当たらない。
「姐御がどっかいっちゃった!」
 みんなで姐御を探した。
「あれえ、姐御は?」
 何度目かに私がそういった瞬間、姐御はいつのまにかすぐ目の前にいて、思わず目が合った。
「あ……」
 しばらく気まずく見つめ合った。
(誰が「姐御」だって!?)
 姐御の目はそういう目をしている。私だってそんな近くにいるとは思わなかったから、つい姐御といってしまったが、本当は本人をそう呼ぶつもりなどなかった。
 姐御はわりと小柄だ。私も背が高い方ではないが、その私の顎あたりに姐御のおでこがくる。だから遠くばかり探しているときはすぐ近くの姐御が視界に入らなかった。
 その様子を見ていた奈良の三人組は大爆笑した。ふざけて本人に「姐御〜、探しましたぜ〜」などといっている。でもその事件で蔭でそう呼んでいたのがばれてしまい、それからはみんなも開きなおって、面と向かって姐御を「姐御」と呼ぶようになった。

 仙石線の電車は西塩釜を過ぎ、高架駅の本塩釜に着いた。バカップル列車だからこの電車の終点の東塩釜まで行きたいところだが、姐御に迷惑かけるわけにもいかないのでここで下車する。
 三月十一日の地震当日の話を聞きながら、ホームに降り立ち、階段を降りる。
「ちょうど休憩が終わるときで、トイレ行って廊下に出ようとしたら、目の前に天井が落ちてきたのね……」
「ええっ!? 姐御んところには落ちてこなかったの」
「廊下のが落ちてきたの。私はまだトイレのドアのところにいて……」
「やっぱ、姐御は運が強いなあ」
 死亡欄に名があっても、私が諦めなかったのは、姐御はいままでもこんな感じだったからだ。
 姐御は旅人だから表向きは定職には就いていない。むかしからフリーターみたいなことをしていて、いまは仙台港の家電量販店でレジ打ちのバイトをしている。地震の日、店は営業の継続が困難となり臨時休業となった。従業員たちは社員もパートも含めて全員が解散となり、姐御は仙石線が止まってしまったために電車で二駅、距離にして四、五キロの距離を歩いて帰ったという。
「このごろになってやっと海の臭いが引いてきたわね」
 駅から町に出るなり姐御はいう。津波であちこちに海水が染みこんだからだろう。お寿司屋を食べるために塩竈に来たが、昼にはまだちょっと早いので、塩竈の町を少し見て回ることにした。
 建物はふつうに建っているように見えるが、駅前のイオンや商店街など、どこも一階が破壊されていた。港近くの川岸には漁船と観光船が一艘ずつ打ち上げられている。
「この川に沿って津波が来たのよ。海のほうからざあっと来て、仙石線の高架下もくぐってだいぶ奥のほうまで津波が来たんだって」
 姐御からそう聞かされていても、どのくらいの津波が来たのかいまひとつピンと来なかった。来たとしても数十センチぐらいだろうと勝手に思っていた。街をぐるりと見渡しても建物自体は無事なのだ。
 ところが壊滅的だったそれぞれの建物の一階をよくみると私の背丈のちょっと上あたりに泥水がここまできたであろう線がとおっている。こちらの建物の壁にもあちらの建物の壁にも、一定の高さですうっと泥水の線が残っている。
 ここに至ってようやく私は気づいた。
「この高さまで津波が来たの?」
 手を頭の上に上げ、その線を指さしながら姐御に訊いた。
「そうね」
 姐御はこたえる。
「いまから行く寿司屋も津波の被害に遭って、ようやく営業再開したみたいよ」
 そうして「すし哲」というお店を案内してくれた。評判のお店のようで行列ができている。
「周りにも寿司屋はたくさんあるのよ。そっちの寿司屋は全然お客さんいないんだけど、ここだけ行列ができてるの。……味はそう変わんないはずなんだけどね」
 姐御の小気味よい毒舌にみつこさんと私は大笑いした。



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