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走れ!バカップル列車
第49号 仙石線と仙山線



   一

 弘前城の桜は見事だった。
 二○一一年五月一日、みつこさんと私は「はやぶさ501号」で新青森に降り立ち、奥羽本線の特急「つがる6号」に乗り換えて14時10分に弘前に着いた。その夜は弘前に泊まり、一日午後と二日午前の二度、弘前城を訪れた。
 バカップル列車で弘前を訪れるのは三度目になるが、桜の季節は初めてだ。両日とも雨に降られ、満開にはあと一日か二日早かった感じだが、圧倒的な本数の並木に咲く薄桃色の花が鏡のようなお堀の水に映るさまは想像上の絵画も及ばないほどの風景だった。天気には恵まれなかったが、それでも充分に楽しめた。晴天のもとに咲く満開の桜はまたの楽しみにとっておけばいい。
 とにかく弘前の桜を見て、ようやくお花見をした心持ちになれた。ただそのことが本当にこの春の私たちにとってたいせつなことだった。

 連休の直前に「はやぶさ501号」の切符を買ったとき、今回の旅行の日程はほとんど決まっていなかった。新青森経由で弘前に入り一泊するというところまでは決まっていたが、その後は秋田内陸線で角館に寄るか、花輪線経由で盛岡に出るか迷ったりしていた。盛岡付近まで戻ってきたあとは、一部区間復旧している三陸鉄道に乗るつもりだ。そうして五日の夜か六日の朝に帰ってくるというのがおおまかな旅程だった。
 山形に住むごとけんさんと多賀城に住む「姐御」にも会う予定だ。二人とも私の大切な友達で、ごとけんさんは浪人時代に通っていた予備校の先輩、「姐御」はシベリア鉄道に乗りに行ったときに横浜からの船で出会い、急行「ロシア号」がモスクワに着くまでずっと一緒だった旅仲間である。二人とも二十年以上前に知り合ったがいまもこうして会ってくれるのだから、これ以上のことはない。
 二人とはそれぞれ別の場所で会う予定だから、私たちの都合も含めたスケジュール調整も必要になる。どちらにしても一日は青森、二日から三日くらいまでは岩手付近にいるから、山形のごとけんさん、宮城の姐御に会うのは四日以降になる。そのことは二人にも前もって連絡していた。
 そう考えてきて二日以降の宿の予約をはじめたが、驚いたことにどの日もかなり混雑している。とくに五月三日の宿がどうしても取れなかった。世の中は自粛ムードだから、連休といったって宿を取るのは簡単だろうと高を括っていた。だから弘前の宿だけ取って、それで満足してしまった。
 こうなったら最初に取ろうとしていた盛岡だけでなく、花巻でも一ノ関でもいい。インターネット検索で盛岡から仙台まで各都市のビジネスホテルを虱潰しに調べたが、二日の宿は取れても三日の宿はすべて満室だった。三日はその後の三連休の初日だからもっとも混雑するのだろうが、すべて満室というのはどう考えても異常事態だ。いくらゴールデンウイークといったって、ふつうはこんなことにはならないだろう。
 なぜここまで宿が埋まっているのか。ボランティア活動をするために東北を訪れる人が多いとしか考えられなかった。三陸方面へボランティアに行くが、三陸の宿はどこも営業できていない。そこで内陸の東北線沿線の都市に宿を取り、日中だけ三陸へ通ってボランティア活動するのだろう。
 そうなると連休中の三陸は、他の地方からたくさんの人が押し寄せるはずだ。体力に自信がなくてボランティアに参加できない私たちは今回は遠慮したほうがいいだろう。三陸鉄道を応援したいが、それは連休明けでもいつでもできる。
 だから頭を切り換えた。都市部に宿を取るのも、三陸に行くのも、今回はやめよう。視点を切り替えるためにもう一度、東北地方の地図を眺めてみた。
「雫石」という文字が目に入った。
 雫石には雫石プリンスホテルがある。スキーシーズンには幾度となく足を運んだところであり、生涯忘れることのない出来事が起きたところでもある。いまはスキーはできないが、オフシーズンの雫石に泊まって一日ぐらいのんびりするのもいいかもしれない。
「みちゃん」
「なに」
「雫石に泊まるのはどうかな?」
「しずくいし? どこにあるの、それ」
「盛岡か、秋田新幹線の雫石からクルマに乗らないといけないんだけど……」
 雫石プリンスホテルは盛岡駅から西へ二十キロほど、雫石駅から北へ十キロほどの山の中腹にある。
「とにかく都会の宿はもう取れないんだ」
「そっか……」
「近くに小岩井農場があるよ。牛とかいるよ」
「牛? うん、わかた。行こう。小岩井農場行こう」
 私が訊いていたのは雫石の宿のことだが、まあOKということだろう。
「じゃあ、雫石の宿が取れたら、雫石に泊まるよ」
「うん」
 そうして雫石プリンスホテルのホームページで検索したら、五月二日と三日の二泊で予約が取れた。



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