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走れ!バカップル列車
第48号 東北新幹線はやぶさ501号



   三

 東京駅二十三番線ホームは、ちびっ子たちやパパ、ママ、鉄道おたくたちでごった返していた。
 二○一一年五月一日朝八時半ごろ、私たちは「はやぶさ」に乗るため、東京駅にやって来た。いつものように乗車前に記念写真を撮ろうと思っていたが、同じく写真を撮ろうとする人たちでホームは溢れている。
 まもなく8時32分になって仙台からの「はやぶさ502号」が到着した。この車両が車内清掃をしたあと「はやぶさ501号」として新青森に向かう。エメラルドグリーンのE5系電車が目の前にやって来て、子供も大人も興奮が最高潮に達している。有楽町寄りの先頭車部分に来てみたが、あまりの混雑でとてもじゃないがまともに記念写真は撮れそうもない。なんとか人の波を掻き分け、車両の写真だけでも撮ろうとするが、タイミングをうまくはかったとしても、E5系電車の鼻先があまりに長くて全体がうまく入らない。
 E5系電車は時速三二○キロまでスピードが出せる設計なので、先頭車両はカモノハシ状の鋭い流線型だ。一両の全長二十六・五メートルに対してその半分以上にあたる十五メートルが流線型の鼻先になっている。客室は残り十メートルほどの部分にしかつくれないので、どうしても中間車両に比べてスペースが小さくなってしまう。ファーストクラスである「グランクラス」は定員が十八名と少ないが、この客室は新青森寄りの先頭車十号車にある。東京寄り先頭車一号車は普通車だが、こちらもグリーン車より定員の少ない二十九席しかない。そう考えるとグランクラスはもともと狭い客室しか確保できないE5系先頭車両の収益性を上げる手法としてはうまいやり方ともいえる。
「はやぶさ501号、発車一分前となっておりま〜す。お乗り遅れのないようご注意くださ〜い」
 駅員のアナウンスが聞こえてくる。少しでもいい写真を撮ろうと苦心していたら、知らない間にそんな時間になっていた。驚いてみつこさんにいう。
「乗ろう!」
「うん」
 荷物をまとめてよたよたとホームを駆け出す。みつこさんは一号車のドアから乗り込もうとするが、まだ発車ベルは鳴っていないから、わずかだが余裕がある。
「席は二号車だから、二号車のドアから乗るよ」
「わかた」
 そうしてみつこさんと私はどたばたと二号車有楽町寄りのドアから車内に乗り込んだ。
「わっ、新しい電車のにおいがする!」
 素材なのか、塗料なのか、接着剤なのか。あまり新車には乗ったことがないが、わずかな経験ながら、鼻につんと入ってくる匂いが新車独特のものだということはわかる。
 すでに乗客の多くは席に着いている。まだ棚に荷物を載せようとしている人などを避けながら通路を進む。切符に記載された15番A・B席の隣のC席には先客がいて、痩せていて上品そうなおばさんがちょこんと座っていた。「すみません」といいながら、私は窓側のA席へ、みつこさんは真ん中のB席に着いた。普通車とはいえ、ヘッドレストが上下に動くようになっていたり、座席も従来型車両に比べ少しゴージャスになっている。
 8時44分、定刻になった。発車ベルは聞こえなかったが、「はやぶさ501号」は静かに滑るように東京駅を発車した。

 東京駅からしばらくは新幹線でも在来線でも見慣れた風景が流れてゆく。大手町から神田のビジネス街、秋葉原の電気街……。ちがうのはきょう乗っている列車が「はやぶさ」だというところだ。鏡のように光るビルの窓ガラスには、エメラルドグリーンの車体が鮮やかに輝いている。グリーンの車体を見ていると、なぜか自分までが誇らしく思えてくるから不思議だ。街ゆく誰もがこの列車に注目している。みんながこちらを見て手を振っている。そんな錯覚にさえとらわれる。
 もう私ぐらいの歳になれば、新しいダイヤはともかく、新型車両になどときめかないと思っていた。そんなのに興味を持つのは子供ぐらいのものだ。E5系のロングノーズだって、カモノハシみたいで格好悪いし、エメラルドグリーンの車体だって新幹線の色にしてみれば非常識だ。そう強がっていた自分だが、悔しいことにいつのまにか「はやぶさ」の魅力にずるずるひきこまれている。いまでは誰もがうらやむであろう誇らしい列車に乗ってる気分になって、かなり勝手に優越感を味わってしまう。
「はやぶさ」は大宮を発車すると次の停車駅仙台を目指し、いよいよ速度を上げてゆく。復旧後の線路でここまでスピードを上げて良いのだろうか? とこちらが不安になるほど速い。しかし私の不安など意に介さず、何食わぬ顔で関東平野を北へ向かって疾走する。
 いまはこれだけのスピードを出しているが、平常ダイヤと震災後の臨時ダイヤとで大宮〜盛岡の停車駅間の所要時間がどれだけ違うのか調べてみた(東京〜大宮間、盛岡〜新青森間の所要時間はほとんど変わっていない)。
 大宮〜仙台間
  はやぶさ1号   一時間十一分
  はやぶさ501号 一時間四十一分(三十分増)
 仙台〜盛岡間
  はやぶさ1号   四十二分
  はやぶさ501号 一時間九分(二十七分増)
 やはり減速の度合いは仙台〜盛岡間で大きく、平均速度が時速二六二キロから時速一五九キロまで落ち込んでいる。
 順調に走っていた「はやぶさ」だが、9時37分ごろ急にブレーキがかかり、減速運転に入った。この付近から先は震災の被害が大きかった区間になるのだろう。二分後の9時39分ごろには那須塩原を通過した。栃木県も北部までくると周囲の風景もだいぶのどかになる。窓の外は住宅よりも田畑が増え、平地よりも丘や山が増えてくる。民家の庭先には鯉のぼりが気持ちよさそうに泳いでいる。桜も咲きはじめた。いよいよ桜前線に追いついてきた。
 隣りに座るみつこさんはとっくに居眠りをしていたが、那須塩原を過ぎたあたりで私もうとうと居眠りをしてしまった。いけないいけないと思いながらついしてしまう居眠りはとても気持ちが良い。はっと目を覚まして窓の外を見てみると、水を多く湛えた川がゆったりと流れ、山里には桃の花がたくさん咲いている。東北本線の線路が近くを走っていて、桑折(こおり)という駅の脇を通過した。桑折は福島の先で、もう少し先は宮城県だ。ということは郡山も福島もいつのまにか過ぎてしまい、福島県を居眠りの中で通り過ぎようとしていた。
 みつこさんもいつのまにか目を覚まし、窓の外を見て話しかけてくる。
「屋根を修理している家が多いね。なんでだろ」
「え、どこ?」
「ほら、あそこ」
「え?」
「ほらほらほら」
 見てみると瓦屋根のところどころにブルーシートを被せて土嚢で重しをしている家があちこちにある。
「地震で屋根の瓦が壊れたんだよ」
「そっかぁ」
 そういうとみつこさんはまた居眠りしてしまった。「はやぶさ」は藤田という東北本線の駅を遠くに見送るとトンネルに入った。この蔵王トンネル内で新幹線は福島県から宮城県に入る。



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