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走れ!バカップル列車
第48号 東北新幹線はやぶさ501号



   二

 東日本大震災でなにがいちばんつらかったかといえば、地震の直接の被害よりも、その後じわじわ押し寄せてきたいろいろな圧力や制約だった。東電福島原発事故と放射能汚染への過剰反応、計画停電と過度の節電、水道水汚染騒ぎ、風評被害、買い占めへの糾弾、自粛の強要……。私たちの自宅は本棚が倒れたりと被害も大きかったが、それよりもあとにやってきた世の中を支配するもやもやとした空気のほうがそれ以上に嫌だった。私たちは日常の生活へどうにか戻ろうとしていたが、もがいてももがいても、そのもやもやとした空気にぶち当たってしまう。
 日本のひとたちはこんなときでさえ、みんなと同じであることを自ら求め、他人にも強要しようとする。花見は自粛せよという人がいれば、いやいまこそ花見ぐらいして経済を回すべきだという人もいる。勝手にすればいいじゃないか、と思う。せめて自分だけは冷静になって桜を見ようと試みてみたが、どうにもダメだった。たしかに桜の花は目に飛び込んできてはいた。でも自分の頭がお花見をしたという理解をしてくれない。この春はどうしてもお花見気分にはなれなかった。ただ桜だけが、なにも言わずに咲いている。
 そのままことしの春は終わるんだなと思っていた。震災後の春だからしかたがないと諦めていた。

 ゴールデンウイークを数日後に控えた四月下旬のある朝、テレビのワイドショーを見ていたら、弘前城の中継をしていた。弘前城の桜はそろそろ見ごろを迎えるという。(そうか。弘前の桜はこれからなのか……)
 日本一の桜とも噂される弘前城の桜は前々から一度は見たいと思っていたが、五月の大型連休は滅多に遠出しないので、なかなか見に行けなかった。ことしはほとんどお花見ができなかったから、東北まで桜前線を追いかけて花見をしなおすのもいいかもしれない。
 そのまま番組を観ていたら、連休中の「はやぶさ」の指定券発売状況まで案内している。グランクラスはすべて満席だが、グリーン車と普通車なら四月二十九日、五月三日以外はまだ空席があるという。
 もう「はやぶさ」の指定券が発売されていることに私は驚いた。うかつにも知らなかった。
 震災で東北新幹線は甚大な被害をうけた。天井がことごとく落ちている仙台駅ホームの写真を見て、私は半年はダメだと思ったくらいである。沿線では仙台駅のほか架線柱や架線、橋脚など合わせて約千二百か所に被害が生じていた。
 JRは懸命な復旧工事を続けた。地震から四日後の三月十五日には東京〜那須塩原間が運転を再開した。三月二十二日に盛岡〜新青森間、四月七日に一ノ関〜盛岡間が再開したが、その七日夜の大きな余震で一ノ関〜新青森間はまたも不通になってしまう。四月十二日に那須塩原〜福島間が復旧したのち、十三日に盛岡〜新青森間、二十三日に一ノ関〜盛岡間が再び運転再開を果たす。そうして福島〜仙台間が二十五日に運転再開したのが連休前までの復旧状況だった。
 連休初日となる四月二十九日に最後に残った仙台〜一ノ関間が復旧される予定で、これによって震災後はじめて全線での運転が再開されることになる。
 私は東北新幹線が全線で運転再開されるといっても、走るのは「はやて」や「やまびこ」「なすの」で、「はやぶさ」はまだ運転されないと思っていた。線路が充分安定していない復旧直後は速度を落として運転するから、最高速度時速三○○キロの「はやぶさ」は本領発揮する場がないと考えていたのだ。
 ところが全線復旧と同時に「はやぶさ」も運転再開するという。
 JR東日本は四月上旬から「つなげよう、日本。」キャンペーンをはじめている。東日本管内の路線そのものも被害が甚大だったが、まず鉄道を復旧させることで東北の復興を応援しようというものだ。その目玉としてたとえ速度を落としてでもJRは「はやぶさ」を走らせるのだろう。「はやぶさ」はデビュー一週間で運休となり、悲劇の列車になったかにみえた。しかしエメラルドグリーンの車体が東北を駆け抜ければ、きっとE5系「はやぶさ」は震災復興の架け橋として生まれ変わることだろう。
 三月号の時刻表をみて、あれだけ興奮した私だが、じつは「はやぶさ」「みずほ」「さくら」にはすぐに乗車するつもりはなかった。バカップル列車はどちらかというと去りゆく列車に別れを告げることが多いから、開業当初の列車や路線に乗ることは少ない。だからこの三列車に乗るのもだいぶ先だと考えていたのだが、震災復興に協力できるなら「はやぶさ」に早い機会に乗るのもいい。
 テレビをぼんやり眺めながら、そこまで考えをまとめると私はみつこさんに話しかけた。
「みちゃん」
「なに」
 元気のいい返事がかえってくる。
「『はやぶさ』に乗って、弘前城の桜を見に行こう!」
「うん、行こう!」
 みつこさんもテレビを見ながら同じことを考えていたらしく、話は早かった。
「東北の経済を回すためにも、行ったほうがいいよ」
 みつこさんはつけくわえた。
 そうしてひさしぶりの連休の旅に出ることになった。都合があえば宮城と山形に住む友達にも会おうと思う。
「五月一日出発でいいかな? その日ならまだ指定券あるから」
「うん、いいよ」
 早速最寄りの駅で指定券を買うことにした。まだ旅の全日程を決めていないので、乗車券は買えないが、「はやぶさ」の指定席だけでも確保しようと考えた。
 新青森行き下り「はやぶさ」は東京駅8時44分発の一本しかないが、指定券の自動販売機を操作したら、二号車の二席並んだ座席の指定券が出てきた。券面には「はやぶさ501号」とある。通常ダイヤなら朝一番の「はやぶさ」は「1号」で8時12分発だが、いまは復旧直後の臨時ダイヤだから頭に五百がついて「501号」なのだ。
 復興のシンボル列車「はやぶさ501号」についに乗車する。駅の雑踏の中で私は「はやぶさ」の切符をまじまじと見つめなおした。



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