homepage
走れ!バカップル列車
第47号 京葉快速電車



   三

 京葉線は首都圏のJR線でもっとも新しい路線である。東京〜蘇我間四三・○キロと市川塩浜〜西船橋間五・九キロ、西船橋〜南船橋間五・四キロの三区間からなっている。国鉄時代の一九七五(昭和五○)年五月に蘇我〜千葉貨物ターミナル間が貨物線として開業、一九八六(昭和六一)年三月には西船橋〜千葉貨物ターミナル間が延長され、このとき西船橋〜千葉港(現 千葉みなと)間で通勤電車が走りはじめた。
 JR化後の一九八八(昭和六三)年十二月には新木場〜南船橋間、市川塩浜〜西船橋間が開通。千葉港〜蘇我間にも電車が走るようになり、西船橋で接続している武蔵野線との直通運転もはじまった。舞浜駅が開業し、ディズニーランドへのアクセスが格段に良くなったのもこのときである。
 最後の未開通区間であった東京〜新木場間は一九九○(平成二)年三月に開通し、東京と千葉を結ぶ新たなルートが完成した。一年後の一九九一(平成三)年三月には総武本線に特急「成田エクスプレス」が設定される関係で、内房線の特急「さざなみ」、外房線の特急「わかしお」が京葉線経由に変更されている。通勤電車は現在「各駅停車」のほか蘇我方面へ向かう「京葉快速」、武蔵野線へ直通する「武蔵野快速」、平日ラッシュ時間帯の「通勤快速」が運転されている。「通勤快速」は東京〜蘇我間四三キロを三十五分ほどで結ぶ超快速電車だ。本当なら一度乗ってみたいが、今回乗車する日曜日には運転していない。

 二○一一年四月十日日曜日の朝、みつこさんと私は京葉線の始発駅東京駅へと向かった。駅構内は節電のため照明を落としているのでどこもみな暗い。
 東京駅京葉線ホームは山手線・京浜東北線などのホームから三百メートルほど南に向かった鍛冶橋通りの地下深くにあり、乗り換えに十五分ほどかかる。いつも動く歩道に延々乗ったりしてなかなか面倒なのだが、その乗り換え通路の入口がちょっと変わってにぎやかになっている。いままであった書店の左右や向かいにパン屋やお菓子屋などが新しく開店していて「Keiyo Street」なんて名前までついている。みつこさんの足が吸い寄せられるようにお菓子屋に向いていった。
「ちょ、ちょっ! どこいくの?」
 私にいわれて、みつこさんは「ハッ」と我に返った。「すまんすまん」と手を挙げながら、みつこさんが戻ってくる。
「思わず寄り道したくなっちゃうねぇ」
「いいけど、帰りに寄ろうよ」
 ダイヤ通りに電車が動いているなら、10時32分の京葉快速に乗れるかどうかギリギリのところだったので、じつは私は焦っていた。乗り遅れると次の京葉快速は十五分後なのだ。
 動く歩道の入口まで来ると、ロープが張ってあって閉鎖されている。計画停電にはじまった節電の奨励で無駄な電力を消費する動く歩道は使わないことになったようだ。それでもみんな文句ひとつ言わずに黙々と歩いている。
 それにしても京葉線ホームは遠くて深い。地震と停電直後の間引き運転はだいぶ解消され、ほぼ通常ダイヤに戻っていたので、10時32分の快速は見事に乗り遅れてしまった。次の京葉快速は京葉四番線から10時47分に発車する。ホームに降りると四番線には39分発の府中本町行き武蔵野快速が停車していた。
 武蔵野快速が発車したあとにやってきた電車が47分発の京葉快速になる。銀色ステンレスの車体にワインレッドの帯を巻いた205系電車。側面窓が二段式で「田」の字型になっている旧式の車両である。
 一番先頭の車両に乗り込み、運転席真後ろのシートを陣取る。陣取るといってもほかの乗客はほとんどいなくて、車内はがらがらだ。いつもの休日ならディズニーランドへ向かうひとたちで混雑しているだろうにと思うと少々寂しい。液状化した土地をみんなが歩いてくるからか床はうっすらと細かい砂を撒いたようになっている。
 定刻10時47分が近づき、発車ベルが鳴り響く。京葉線ホームの発車ベルはオーケストラかなにかかと思うほど優雅で豪華でジャンジャカジャーンという感じだ。
「すごいねー、開通式みたいだね」
 みつこさんがいう。テープカットでもあるかのようなメロディに聞こえるらしい。
「それじゃ、毎日、全列車、開通式なの?」
「そう! ぜんぶ開通式」
 電車が動き出した。席を立ち、助手席後方の窓からかぶりつきで前をみる。ポイントをガタゴト通過し、シールド式のトンネルをずんずん進んでゆく。
 八丁堀を発車したところで車内を見渡すと長さ二十メートルの広い車内に乗客は私たちを含めて七人しかいなかった。越中島を通過。快速電車は地下の長いトンネルを突き進む。やがて前方に光が見えてきて、次第に明るくなってくる。電車はトンネルを飛び出すと地下から一気に高架線に昇り汐見運河上空に躍り出る。
 一度陸地にあがって潮見を通過。再び運河の上に出て、高さ十メートルはあろうかという高架橋がまっすぐと南へ伸びている。足もとには貯木場などがあり、その向こうには右は辰巳の森海浜公園、左は夢の島公園があって桜が満開だ。眼下は海で視界も良く、まるで空を飛んでるかのようだ。巻き貝のようなカタチをした辰巳国際水泳場を右に見ながら、電車は半径四百メートルほどの悠々としたカーブで東方向へほぼ九十度曲がってゆく。首都高速湾岸線、国道357号線をオーバークロスし、右から地下鉄有楽町線と東京臨海高速鉄道りんかい線が合流すると新木場駅である。
 右窓はるか向こうに見覚えのあるトラス鉄橋がみえる。
「みちゃん、あの鉄橋つながったんだね!」
「ホントだあ」
 昨年夏、二人で中央防波堤埋立地を見学したときに見た「東京ゲートブリッジ」である。飛行機にも船にも邪魔にならないよう設計したため、大きな橋なのに吊り橋ではなく梯子を組み合わせたような形のトラス橋になっている。建設は中央防波堤側、江東区若洲側の両方から延ばしていって、昨年は中央部分がまだつながっていなかったが、二月二十七日につながったという。まもなく完成だ。ふと背後の左窓をみると夢の島公園の緑の向こうから東京スカイツリーがひょっこり顔を出している。

 京葉快速電車はまっすぐの線路を快調に走る。沿線はほとんどが埋立地だから、都市計画の段階で線路の敷地も確保してある。高架線で踏切もなく、勾配もカーブも極力少なく設計されている。「通勤快速」が表定速度時速七十三キロの速さで走るのも、京葉線のこうした恵まれた線路のおかげだろう。
 荒川の鉄橋を渡ると右前方に観覧車が見えてくる。
「あれ、なあに」
 みつこさんが訊いてくる。
「葛西臨海公園だよ」
「ああ、そうか」
 みつこさんは観覧車をじっと眺めている。
「動いてないね」
 そんなことはないだろう。走り続ける電車の中から私もじっとみつめる。ゆっくりとだが観覧車は動いている。乗客の姿もみえた。
「動いてるよ」
「えー!?」
「だって、人乗ってんじゃん」
「あー……」
 観覧車の横にはマグロの回遊で有名になった水族館の建物もみえる。
「あそこが水族館だね。マグロが泳いでんだよ」
「そうだよ」
「おいしそうだよね」
 そうこうするうちに葛西臨海公園は通過。旧江戸川の鉄橋を渡り、千葉県に入る。
 ディズニーランドの敷地が見えてくる。液状化が激しかったといわれる駐車場を覗くがよくわからない。がんばって復旧工事をしたのだろうか。東京駅から十三分で舞浜に到着。
 駅のすぐ前がディズニーランドで、車窓から園内の様子が見える。
「スペースマウンテンが見えるね」
 私が話しかける。
「ビッグサンダーマウンテンも見えるよ」
 みつこさんがこたえる。
 いままでは園内のアトラクションなどほとんど見えず、むしろ杉のような植木の向こうにシンデレラ城の上の部分だけが見えていたようにおぼえているのだが、液状化で植栽にも影響が出たのだろうか。
 京葉線は舞浜を出ると、それまでほぼ東に進んでいた進行方向を北東へと変える。緩やかなカーブで左に曲がり、住宅街、倉庫街を進むと新浦安だ。浦安市内を見るため、のちほど新浦安に戻ってくるのだが、バカップル列車は列車の終点まで乗るのがいちおうのルールなので、まずはこの列車の終点、蘇我まで乗り続ける。



next page 四
homepage