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走れ!バカップル列車
第46号 特急スーパー北斗と車掌車輸送プロジェクト



   四

 いよいよ車掌車輸送プロジェクト見学の日がやってきた。
 札幌に着いた翌六月十九日、我々は道東の弟子屈からニセコに至るルートのどこかで車掌車を載せたトレーラーを見つけ、追跡するのである。前日のうちにReiさんと電話であれこれ打合せをし、十九日の十二時半ごろ狩勝峠の麓の新得でまずReiさんと落ちあうことになった。
 みつこさんと私は札幌駅10時20分発の特急「スーパーとかち3号」に乗車した。この列車は新得に12時23分に着く。
 客室乗務員のおねえさんがジュースを持ってきたとき、みつこさんはすかさずきいた。
「いも男爵あんぱんありますか?」
 おねえさんはにっこり笑って「ございます」という。
 三度目の正直。みつこさんはものすごく喜んだ。「Reiさんにもあげるんだ」といって、いも男爵あんぱんを四つも買っていた。
 ところでJR北海道の新型特急は、先頭の貫通扉にガラス窓がついている。貫通路は誰でも入れるから、前方の景色がよく見えるこの窓は鉄道おたくやちびっこたちに大人気だったのだが、今回北海道に来てみると「スーパー白鳥」も「スーパー北斗」も「スーパーとかち」も、ぜんぶ「関係者以外立入禁止」になっている。気になっていたので車掌にきいてみると、こんな答えが返ってきた。
「今年一月に踏切事故があって、車両が大破しました。乗客の安全確保のために前方は立入禁止になったのです」
 そういうことならしかたないのかな、と思う。たしかに前方で見ていると、自分の身を守るものは薄い鉄板一枚だけだから恐いなとは感じていたのだ。最後にその若い車掌はこうつけ加えた。
「うしろは見られますよ」
 なるほど、危険なのは前方だから、後方の窓はいまでも入れるのだ。そういうことならこんどからはうしろの景色を見るのがいいなとおもう。
 札幌から二時間ほどで「スーパーとかち3号」は新得に近づく。新狩勝トンネルを抜け、坂を下ってきたあたりで、客室乗務員が「まもなく新得です」と案内に来てくれた。

「スーパーとかち」を見送り、新得駅の待合室でしばらく待っていると、Reiさんがやってきた。ひさびさに会うReiさんは元気そうだ。みつこさんはReiさんとは初対面なので、照れくさそうにあいさつをする。駅前に停めてあったランドクルーザーに早速乗り込み、私たちはトレーラーを探し出すことにした。
 Reiさんがトレーラーの運転手に電話で問い合わせたところ、トレーラーはまだ帯広のだいぶ手前の陸別あたりにいるらしい。その後、帯広で給油してニセコへ向かうので、新得を通るのはずいぶん先だ。
 そこで我々もいったん帯広にいき、給油所の前後でトレーラーをつかまえることにした。帯広駅前の「ぱんちょう」で豚丼を食べ、運転手のいうガソリンスタンドを探しながら国道38号線をこんどは西へ向かう。
 めざす給油所は近づいてるはずだ。Reiさんとあと少しだなどと話しながら、西帯広付近の交差点で信号待ちになった。
 そして、それは突然やってきた。
「あぁーーーっ!!」
 なんと信号待ちしていた交差点の右側から、黒い車掌車を載せたトレーラーがゆっくりと姿を現した。
 ランクル車内は一気に沸きあがった。長さ八メートル、高さ四メートルの黒い鉄道車両が国道に飛び出す絵はやはり異様だ。交差点全体が車掌車に注目している。そんなことはおかまいなしに、トレーラーはゆうゆうと交差点を右折する。そうして国道に入るとみるみるうちに加速して、私たちが向かう方向へと走り去ってゆく。こちらの信号が赤なのがもどかしい。
 トレーラーは意外に速い。国道沿いのガソリンスタンドの手前でようやく追いついた。トレーラーはいったん右に舵をとりながらゆっくりと左折してスタンドに入っていく。なぜこの給油所なのか、来てみて合点がいった。ある程度の広さがないと大型トレーラーは入ることができないのだ。我々のランクルもここで給油することにした。
 トレーラーを数多くさばくはずのスタンド店員も、この車掌車にはみんな驚いている。
「これ、買ったんですか?」
 店員がきいてくる。
「はい、あちらのReiさんが買いました!」
 私は得意になって説明した。
 Reiさんはトレーラーの運転手さんと話している。運転手さんは、おなかが少々でているふつうのおっさんだった。それでも特殊な低床式トレーラーを自在に牽引するのだから、ものすごい技術の持ち主だ。
 おっさんがいうには、きょうは苫小牧で一泊して、明日二十日の朝八時ごろにニセコに着くように若干計画を変更したらしい。
 トレーラーは給油を済ませると、スタンド構内でゆっくりと方向転換して再び国道を走っていってしまった。我々もランクルで後を追う。
 トレーラーは時速七十キロぐらいのスピードで国道を走り、そのままの勢いで狩勝峠を越えてゆく。私たちは先回りして、トレーラーが走りすぎるのを眺めたり、登坂車線を登るトレーラーと並走したりして、車掌車が北海道の大地を走り抜ける姿を堪能した。
 その後、トレーラーは三の山峠、金山峠を次々と越え、門別町で海沿いに出て苫小牧へと走った。遠回りなルートだが、四メートルを超える車高でも通過できるトンネルなどを選んでのことだ。苫小牧の手前でトレーラーと別れ、我々はその日の夜遅くニセコのReiさん宅に到着した。

 翌朝二十日、Reiさんが六時半に私たちを起こしにきた。
 八時着のはずだったトレーラーがもうニセコに着いたのだという。慌てて外の道路に飛び出ると、朝靄の向こうから轟音が聞こえてくる。じっと見ていると車掌車を載せたトレーラーがエンジンを轟かせて走ってきた。Reiさんとご主人と、みつこさんと私が寝ぼけまなこで出迎える。運転手さんが出てきて、Reiさん宅の敷地の様子を確認した。
 車掌車を置くのは、道路からみて敷地のいちばん奥になる。そこにはすでに路盤が整備され、枕木とレールが敷かれている。
 M工業やT建設の作業員さんたちも続々と集まって、ユンボをつかってトレーラーやクレーン車の入る通路を整備している。
 八時過ぎ、やや遅れてR工業の大型クレーン車がやってきた。レール手前の平らな地面にしっかりと足場を固める。茶色い作業服の操縦士がクレーンのアームを長く伸ばし、どのように車掌車を吊り上げるか何度もシミュレーションしている。
 トレーラーがバック運転で敷地内の通路を入ってきた。クレーンの手前でぴたりと停止する。吊り上げるための金具などを用意して、車掌車とクレーンの先端がロープでつながると、操縦士がエンジンを震わせる。アームに力が入ると車掌車はふわっと宙に浮きあがった。
「おおおおおぅ!」
 いつのまにか近所の人たちも集まってきて、見ているひとみんなが歓声をあげる。トレーラーにしても、クレーンにしても、ものすごい騒音だが、誰も近所迷惑だといってこないのがありがたい。
 車掌車はクレーンに吊り上げられ、十四、五メートルほどの上空に浮かんでいる。重さ十トンの車掌車があんな高いところに浮いているのはなんだか不思議な光景だ。レールの手前には大きな白樺の木があるので、車掌車をその上に通すらしい。操縦士は慎重にクレーンを操作し、木を越えるとこんどはゆっくりと高度を下げる。指示を出すR工業の監督の声が響き渡る。作業員たちが微妙に位置を調整すると、車掌車はレールの上にぴったりと着地した。
 十時にはすべての作業が完了し、トレーラーやクレーンも撤収していった。
 ニセコに再び静寂が訪れた。若葉が茂る林の中にぽつんと佇む車掌車はなんともいえぬ趣がある。珍しい鳥の鳴き声が「ぽぽ……ぽぽ……」と聞こえてきた。



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