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走れ!バカップル列車
第46号 特急スーパー北斗と車掌車輸送プロジェクト



   一

 寝台特急「日本海」は8時34分、青森駅一番線に到着した。二○一○年六月十八日の朝である。
 ピンクの機関車を見にいくとすでにブルーの客車とは切り離され、回送の準備ができていた。機関車の隣の電源車からはゴーという発電用ディーゼルエンジンの轟音がきこえている。
「日本海」は青森駅止まりだが、私たちはReiさんと車掌車に会うために、北海道へ渡らなければならない。
 函館へ向かう乗り継ぎ列車は、八戸始発函館行きの特急「スーパー白鳥95号」である。青森駅の発車は10時01分で、まだ一時間半近く空き時間がある。その間にみつこさんと私は青森駅前「アウガ」の地下にある海鮮市場で朝ごはんを食べることにした。いや、その言いかたはじつは正しくなくて、本当は海鮮市場で朝ごはんを食べるために、乗り継ぎ列車を一本遅い列車にしたのである。というのも昨年夏、急行「はまなす」を降りた後に訪れたとき、朝ごはんを食べたくて来たものの、時間が早すぎてまだ店が開いていなかったのである。
 昨年の反省を踏まえて、もう一度調べなおしたところ、入口の脇を右に行ったところに早朝から営業している寿司屋があるという。前回はいきなり市場の奥まで行ってしまったので失敗したのだ。きょうは見つけた。「すし処三國」という、板さんのお兄さんとおねえさんが切り盛りしている店だ。
 すでに何組かの客がいて、帰っていくひともいる。みつこさんがウニ・ホタテ・甘えびの三色丼、私は中落ちウニ丼を注文した。中落ちというのはマグロの中落ちで、ウニもぷりぷりしている。ホタテと甘えびも甘くておいしいようだ。大阪から十五時間、東京からだと十九時間も列車に揺られて、かなりお疲れ気味のみつこさんに、ようやく明るい笑顔が戻ってきた。念願が叶い、おなかも満たされて、また駅に戻る。
 青森駅前はいま、東北新幹線の新青森延伸開業に合わせた工事の真っ最中だ。工事現場を囲う衝立には新型新幹線の写真や、新しい駅前広場の完成予想図などが掲示されている。駅前で交通整理をしている若い女の子がけっこうな美人さんだったので驚く。
 特急「スーパー白鳥」「白鳥」は、八戸で東北新幹線と接続し、東北線、津軽線、海峡線、江差線、函館線を通って函館に向かう青函連絡特急である。新型車両を使う列車は「スーパー白鳥」と呼ばれ、旧型車両はただの「白鳥」になる。
 きょう乗る「スーパー白鳥95号」は、朝から三本目だが、番号は「95号」という大きな番号がついている。これは八戸で接続する新幹線が仙台始発の「はやて95号」なので、それに合わせているからだ。
 一九七八(昭和五十三)年ごろの時刻表をみると、青函連絡船の「1便」に接続する東北線の特急「はつかり11号」の列車番号は「1M」で、函館で接続する北海道の特急「おおぞら1号」の列車番号は「1D」になっていた。「1M」→「1便」→「1D」という順に乗り換えるのである。同じく連絡船「5便」に接続する東北線寝台特急「はくつる」は「5M」、北海道の「おおぞら5号」は「5D」という具合に、連絡船に接続する主な列車の番号は連絡船の便番号にそろえて振られていた。いまは連絡船はなく、国鉄はJRに、昭和は平成に、二十世紀は二十一世紀になったが、東北新幹線の列車番号と青函連絡特急の列車番号がこんな風に揃っているのをみると、かつての連絡船の名残がいまも残っているような気がしてなんだかうれしい。
 発車時刻が近づいたので、改札を抜け、ぷらぷらと跨線橋を歩いていると、ちょうど橋の下に「スーパー白鳥」が三番線に入ってきた。先頭部分が黄緑色をしていて、車体は銀色のステンレスでできた電車が八両つながっている。
 フルムーンパスなので私たちの乗る車両はグリーン車だ。青森から先頭になる一号車の前半分がグリーン席になっている。座席は六番C・D席で進行方向右側。室内にはすでに老夫婦がいて、座席を回転させて四人分の席を二人で使っている。ご主人はどこかの宗教団体代表のような恰幅の良いじいさんだが、私が網棚に荷物を載せようとすると、「うちのが邪魔だな」と自分たちの荷物をずらして、私たちが載せられるスペースをあけてくれた。

 特急「スーパー白鳥95号」は青森駅に七分ほど停車して、定刻通り10時01分に出発した。大きな青森駅構内を出て、単線の津軽線を北上する。
 車掌が検札に来て、私たちの切符の検札が終わると、老夫婦のじいさんが車掌に話しかけた。
「新幹線が新青森まで延びると『白鳥』はどこ発になるんだ?」
 私も気になる話題だったので、聞き耳を立てていると、車掌は「新青森発ですが、青森は通るようです」と答えていた。新青森駅は奥羽線の駅だから青森駅を通らずに津軽線へつながる線路がいまのところない。だからいったん青森駅に入り、スイッチバックしてから函館へ向かうらしい。
 そこまでは良かったが、「なんで新幹線の駅をあんなところにつくったんだ」といった話あたりから、じいさんも車掌もだんだん話がエスカレートしてきて二人とも早口の津軽弁でしゃべりまくる。もうなにを話しているのかまったくわからない。
 みつこさんが眉を顰めて「なんていってんの?」と小声でいう。もちろんこちらは盗み聞きしている身なので、「いまなんて言ったんですか」なんて訊けないが、半室グリーン車のあまり広くない室内で、なんだか私たちだけが置いてきぼりをくらったような気分になった。
「スーパー白鳥」は海沿いの線路を快調に走り、蟹田に停車した。JR東日本とJR北海道の境界、中小国駅にいちばん近い停車駅なので、ここで運転手と車掌が交替する。
 中小国の先の新中小国信号場から実質的に海峡線に入る。津軽線の青森〜新中小国間は電化されたとはいえ、単線のままでローカル線に毛が生えたような路線だが、新中小国から先の海峡線は複線で、もともと新幹線も走れる規格で建設されているから、まるで別世界だ。あたりは右も左も緑に覆われ、すでに北海道に来たのかと思うほどの大地が広がっている。
「スーパー白鳥」はJR北海道の車両を使っているので、青函トンネル関係の案内が充実している。座席には「スーパー白鳥」の各列車が何時ごろトンネルを通過するかが細かく書かれたパンフレットが置いてある。それによれば「95号」の各地点通過時刻は次の通り。

 トンネル本州側入口 十時四十一分頃
 竜飛海底駅 十時四十七分頃
 トンネル最深部 十時五十三分頃
 トンネル北海道側出口 十一時十分頃

 時計はすでに十時四十分近い。ドア上の電光掲示板にも案内が流れていて、「この先、8つめのトンネルが青函トンネルです」と表示されている。ここまでくるとまるで実況中継だ。
 実際、青函トンネルの手前には短いトンネルがいくつもある。そのトンネルに入る度に運転手は「ピヨゥ」と汽笛を鳴らす。それがいくつか続いたのち、坑門がやけに立派なトンネルが近づいてきた。時計は十時四十一分。
「ビヨーーーウゥ!」
 ひときわ長い汽笛が鳴ると、列車は暗闇の中に突進した。ドア上電光掲示板の文字が躍っている。
「青函トンネルに入りました!!」



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