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走れ!バカップル列車
第45号 寝台特急日本海



   四

 どこかの駅を発車した気配で目が覚めた。時計を見たら三時五十八分。羽越線の酒田を出たところだ。窓の外はすでに明るい。
 昨夜は加賀温泉を出た後もごろごろしていたが、21時31分発の金沢あたりで寝てしまった。みつこさんに声をかけたかどうか、ぼんやりしていておぼえていない。
 いまはもう夜が明けているので起き上がって外の景色を見る。列車は遊佐(ゆざ)あたりを走っている。窓の外には田んぼが広がっている。笹川流れは過ぎてしまったので海は見えないなと思っていたが、吹浦(ふくら)を過ぎると意外なことに海が見えてきた。日本海だ。このあたりも海が見えたのかと思う。海は穏やかだが、岸の近くには白い波が立っている。
「鳥海山は見えるかな?」と思う。まだみつこさんは寝ているので、右側の寝台から外を見ることはできない。A寝台車両は、寝台のある室内と出入口のあるデッキとの間に喫煙所や更衣室のある一角がある。喫煙所は二人掛けの座席が向かい合わせになった四人席になっていて、進行方向右側に大きな窓がある。喫煙所といってもタバコを吸うひとはそんなにいない。
 喫煙所から窓の外を見ていたら、木々の隙間からなだらかな山容の鳥海山がみえてきた。早朝で空気が澄んでいるからだろうか、山頂までの全容がはっきり見える。列車は象潟を通過したが、まだ見える。次第に鳥海山は後方に去ってゆく。そうするうちに東の山から真っ赤な朝日が顔を出した。
 おなかがすいてきたので、昨夕、新大阪で予備の食糧として買っておいた天むす、たこむすをぱくぱくと食べた。たこむすはたこ焼きが入っているおにぎりだ。意外においしかった。おなかがいっぱいになったので、また眠くなった。羽後本荘あたりで寝てしまう。それでもまだ五時前だった。
 五時半、通路向かいでもぞもぞと動く気配がする。みつこさんが目を覚ましたようだ。カーテンの隙間から顔が出てくる。まぶしそうに目を細めている。
「秋田だよ」
「うん」
 そうこたえるとみつこさんはまた寝てしまった。私もまた寝る。二度寝は寝台列車の醍醐味だから、がんばって寝る。車掌のアナウンスは六時四十分ごろ、鷹ノ巣の手前からはじまったが、それでも起きない。七時を過ぎた大館でようやく起きた。きょうは雲がなくいい天気だ。線路に沿った道を白いヘルメットをかぶった中学生たちが一列になって自転車をこいでいた。
 大館と大鰐温泉の間は秋田と青森の県境になっていて矢立峠がある。昨年春に寝台特急「あけぼの」で通ったときは何メートルも雪が積もっていた山深いところだ。いまは緑に覆われている。その緑の底に朝靄が立ちこめている。線路を見おろす国道にはカメラを構えて列車を撮影する「撮り鉄」が何人かいた。碇ヶ関を通過し、次第に街になって大鰐温泉に着いた。
 弘前は7時52分に発車。寝台特急「日本海」は津軽平野を快走する。窓の外には岩木山が見えている。山すそは霞んでいて、山の上のほうだけが平野に浮かんでいるようだ。線路周辺にはりんご畑が続いている。五能線との分岐駅、川部を通過した。
 浪岡で鈍行列車と、津軽新城で特急列車とすれ違うため、運転停車する。降りる仕度を済ませた私たちは浪岡あたりで寝台を抜け出し、青森に着くまで喫煙所の座席で待機することにした。
 まもなく青森というところで突如として黄土色の壁が出現した。今年十二月の東北新幹線延伸開業に合わせ、急ピッチで工事が進む新青森駅である。黄土色の壁は新幹線駅の外壁の色だ。
「みちゃん、新青森だよ」
「大きいねえ!」
 一瞬しか見えなかったから、二人で驚いたのも短い間だったが、駅前広場などの整備も着々と進んでいるようだった。新青森なんて、かつては平野の真ん中にぽつんとホームがあるだけの小さな駅だったから、隔世の感とはこのことだ。
 青森駅はいまは大きな構内だが、新幹線の開業でどう変わるのだろうか? 時の流れはいつも残酷だ。青函連絡船で賑わっていた時代を知る私としては、一抹の不安を覚える瞬間だった。

(「第46号 特急スーパー北斗と車掌車輸送プロジェクト」につづく)



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