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走れ!バカップル列車
第45号 寝台特急日本海



   二

「フルムーン夫婦グリーンパス」は、二人の年齢を足して八十八歳になった夫婦が対象のJR全線パスである。グリーン車・B寝台も使えるので豪華な旅行ができる。私たちは昨年のいまごろ年齢が足して八十八になったので、フルムーンパスで北海道にでかけた。とても便利でお得な切符だが、注意しなければならないのは、このパスは発売時期と利用期間が決められていて、発売は毎年九月から翌年五月まで、利用は毎年十月から翌年六月までとなっていることだ。
 私は、最悪の事態を想定していた。もし家族旅行と車掌車輸送プロジェクトが重なったら、この二つの旅行を合体させようと考えていた。家族旅行とは別にひとりで行くつもりだった北海道にみつこさんも同行してもらい、山陰地方はまた別の機会に行くことにするのである。家族旅行を一、二週間ほど延期すればいいとも思うが、六月の最終週は別の予定があり、さらにずらして七月になると、こんどはフルムーンパスが使えなくなる。こうなれば、みつこさんには覚悟してもらって、昨年に引き続き、鉄道で北海道に出かけるしかない。
 Reiさんから電話がかかってきた次の日の夜、バラエティ番組をみているみつこさんに話しかけてみた。
「みちゃん」
「なに」
「出雲大社なんだけどサ、車掌車と日程が重なっちゃったんだ」
「しかたないね」
「やっぱ、車掌車を運ぶところは見ておきたいんだよね」
「出雲大社はしばらくはなくならないからね」
「そうなんだ。出雲大社はこれから先もずっとあるけど、車掌車を運ぶのに居合わせるなんてことは一生に一度あるかないかなんだ」
「私はことしはお伊勢さんにいったから、もう満足なんだ」
「そうだね」
「行ったほうがいいよ」
 みつこさんも納得したようにそう言ってくれた。
「うん、行こうと思うんだ」
 私はみつこさんに言った。
「行っといで」
 みつこさんはもうテレビのほうをみている。
「行こう」
 私は繰り返し、みつこさんを見続けた。
 みつこさんはしばらくテレビをみていたが、突然ハッと気づいて、こちらをみて叫んだ。
「ええ!? 私も行くの」
「行こうよ」
 みつこさんはしばらく考え込んでいたが、やがて若干うんざりした様子で応えた。
「そうだね。一生に一度、あるかないかだもんね」
 さらにみつこさんにはもっとうんざりすることが待ちかまえている。
「どうやって行くの? 飛行機?」
「フルムーンパスで行くよ」
「ええ!? 電車で行くの」
 いまの世の中、北海道に鉄道で行くことはうんざりに値する。
「せっかく買ったんだから、フルムーンパス使おうよ」
「行けるの?」
 行ける。フルムーンパスは基本的にJR全線に乗れる切符だ。だから山陰に行くつもりで買ったパスで北海道にも行けるのである。有効期間内であれば極端な話、両方行くことだってできる。
「じゃあ、『北斗星』往復だね」
「まあ、それでもいいんだけど……」
「え、ちがうの?」
 せっかくJR全線に乗れるパスを使うのである。単純な往復では面白くないと鉄道おたくの私は考えるのである。
「じゃあ、どうするのよ」
「大阪から『トワイライトエクスプレス』で行こう」
「はあぁ?」
 みつこさんはうんざりを通り越して、もはや諦めの境地に達した。
「……切符とれるの?」
 大阪〜札幌間の豪華寝台特急「トワイライトエクスプレス」の切符はとても入手しにくいプラチナチケットで、そのことはみつこさんも知っている。
「わからないけど、あるかどうかだけでも窓口で確かめてみるよ」
「じゃあ、なかったら……」
 みつこさんはその台詞に続けて「『北斗星』だね」といい、ほぼ同時に私は「『日本海』にしよう」といった。
「に、にほんかいぃ!?」
 みつこさんは目を大きく開いて驚いている。

 寝台特急「日本海」は、大阪〜青森間を走るブルートレインである。東京は通らず、その名の通り日本海沿岸を走っている。路線でいえば東海道線(大阪〜山科)、湖西線(山科〜近江塩津)、北陸線(近江塩津〜直江津)、信越線(直江津〜新津)、羽越線(新津〜秋田)、奥羽線(秋田〜青森)を走り、停車駅には敦賀、福井、金沢、富山、直江津、酒田、秋田、弘前などがある。
「日本海」は一九四七(昭和二十二)年に走りはじめた急行列車を前身とする。当初は大阪〜青森間を二十五時間五十分かけて走っていたという。一九六八(昭和四十三)年に「日本海」の名称は特急列車となり、それまでの急行列車は「きたぐに」と命名された。現在も大阪〜新潟間を走っている急行「きたぐに」のルーツである。もともと一往復体制だった寝台特急「日本海」は、一九七五(昭和五十)年には二往復に増便され、一九八八(昭和六十三)年の青函トンネル開通時にはそのうち一往復が函館まで延長された。この青森〜函館間の運転は二○○六(平成十八)年に廃止され、さらに二○○八(平成二十)年には二往復から一往復に減便されて現在に至っている。
 いまの「日本海」のダイヤは下りが大阪17時47分発、青森8時34分着。上りは青森19時33分発、大阪10時27分着で、どちらも運転時間は十五時間弱となっている。
 この寝台特急「日本海」と「トワイライトエクスプレス」にはいつか乗っておきたい。しかし東京に住んでいる私たちにとって、そう簡単に乗れる列車ではない。東京から出発して東北や北海道に行くのに大阪に行くなんてことは、よほど物好きでないとできるものではない。だいいちこういうルートを選びつつおトクに旅行できる割引切符はほとんどないし、なるべく運賃が安くなるよう工夫したとしても、東北線でいくよりもだいぶ割高になってしまう。
 そこでフルムーンパスなのである。フルムーンパスは一般的な日本人がJR全線に乗れる唯一といっていいくらいの割引切符だ。せっかくこのパスを使うのだから、この機会に大阪経由で北海道に行っておきたい。
「ひろさんが行きたいっていうなら、いいよ」
 みつこさんのOKが出たので、翌月曜日私は上野駅のみどりの窓口に向かった。わかっていたことだが、「トワイライトエクスプレス」はどの寝台も満席で、「日本海」は空いていた。私は「日本海」のA寝台下段の寝台券を二枚買った。



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