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走れ!バカップル列車
第45号 寝台特急日本海



   一

 楽しかったフルムーンパスの旅行にことしも出かけようと思った。
 昨年は寝台特急「北斗星」で北海道に行ったから、こんどは山陰地方にしようと考えていた。中国地方のローカル線に乗り、出雲大社、境港の水木しげる記念館、鳥取砂丘などを訪れる山陰満喫の旅である。有効期限が二○一○年六月十七日から六月二十一日までのフルムーンパスを購入し、寝台特急「サンライズ出雲」の個室寝台も出発一か月前に確保して、準備は万端整えた。
 ところが、六月になって急に山陰には行けなくなってしまった。この事情はちょっとややこしい。
 そもそものきっかけは昨年の夏だった。古くからの友達で、医師だったり、写真家だったりしているReiさんから電話がかかってきた。
「弟子屈で車掌車売ってるんだけど、買わない?」
 あまりに突然のことで、私は驚いた。Reiさんはいつも突然だ。
 弟子屈(てしかが)というのは釧路の北およそ六十キロ、摩周湖と屈斜路湖に挟まれたようなところにある小さな町である。そこの不動産屋の広告に、国鉄の貨物列車のうしろに連結されていた車掌車が売り物件として出ていたんだそうだ。おそらく国鉄時代に払い下げられて誰かがずっと所有していたものを手放したんだろう。
 お値段は五十万円するらしい。「買わない?」といわれて、「はいよ」と買えるものではない。
 五十万円というのは鉄道車両一両のお値段とすれば、まぁお手頃価格なのだと思う。しかし、我が家の家計を考えると五十万円などというお金はぽんとは出てこない。さらに弟子屈という東京から八百キロ以上離れた場所にある物件をどうすればいいのか? 北海道から東京まで運ぶとなったら輸送費がたいへんだ。何百万、いや下手をすると一千万以上するかもしれない。それに自宅近くに置いておこうにも、そんな土地などあるはずがない。鉄道車両はそこらへんに置いておくとなると意外に大きい。車掌車は鉄道車両としては小型だとはいえ、ふつうの乗用車の三、四台分のスペースをとる。もし駐車場を三台分借りてそこに置くとすれば、我が家近辺の相場で毎月七、八万円かかる。
 車掌車の値段が五十万円、輸送費が一千万円、地代が年間およそ百万円。車掌車を買うということはそのくらいの費用が伴う。私がどんなに熱心な鉄道おたくであっても、おいそれと買うことはできないのです。
 私はそこらへんの事情をReiさんに伝えた。
「そっかぁ……」
 電話のむこうでReiさんがうなだれている様子が手に取るようにわかる。なんだか期待に応えてあげられなくて申し訳ないと思う。私だって事情が許せばほしいが、しかたがない。
 Reiさんもどうにか納得してくれたようだった。

 二○一○年のお正月が来て、お友達からの年賀状が何枚か届いた。その中にReiさんからのものもあった。下のほうに手書きでなにやら書いてある。
「結局、車掌車買っちゃいました!」
 あまりに突然のことで、私はまたも驚いた。昨年の話では、車掌車は私に買ってみたらという提案ではなかったか? いつのまに買い手がReiさん本人になったんだろう? しかもすでに買ってしまったとは……!?
 とにかくReiさんは、あのときの気持ちを抑えられなかったようだ。費用についての私の説明を聞いて、それはそれで納得はしても、弟子屈にぽつねんと佇む車掌車をどうしてもほっとけなかったのだろう。私が買わないなら、自分が買うと。
 年賀状にはさらに「春になったら、弟子屈からニセコまで大移送プロジェクトやりまっす」とある。買った車掌車はついに自宅まで運んでしまうということらしい。これはすごいことだ。私にはとてもできないことを、自らのリスクでさらりとやってのけるReiさんはやっぱりすごい人だ。あくまで私は外野でしかないが、この大輸送プロジェクトがあるなら、私だってぜひともこの目で見ておきたい。
 私はすぐさまメールを送った。
「ニセコまで運ぶときはぜひ教えてください」
 返事はすぐに返ってきた。
「もちろん!」

 東京に春がやって来た。そろそろ車掌車を運ぶころかと思い、私はそわそわしながらReiさんにメールを送った。
「運ぶときは、日程やルートを教えてください」
 返信が来た。
「ニセコにはまだ雪が三メートルは積もっています。輸送は早くて五月、おそらく六月になるかもしれません」
 そうだった。三月といったら、北海道はまだ冬なのだ。東京と比べて一、二か月ほどずれている。
 ただし六月となると、ひとつの心配がある。ここ数年、私ら夫婦が続けている家族旅行が六月だからだ。重なってしまったら、どっちかがダメになってしまう。車掌車の輸送は私の都合で決めるわけにはいかない。Reiさんと運送業者の都合が最優先される。家族旅行は私たちの都合で決められるが、いったん切符を買ったり、宿の予約をしてしまったりするとなかなか変更するのが面倒になってくる。当然だが、家族旅行と車掌車の輸送は、私は別のものとして考えていた。家族旅行は二人でいくが、車掌車の輸送は、私一人が飛行機で行くつもりである。
 私は冷や冷やしながら五月を過ごした。五月になれば六月の指定券は発売されるから買っておかなければならない。Reiさんからの連絡はまだ来ないが、日程は六月十七日からの五日間に決めた。「早くて五月、おそらく六月」というReiさんの言い方から、車掌車の輸送は六月上旬になるだろうと踏んだのである。そうしてフルムーンパスと「サンライズ出雲」の寝台券を先に買ってしまった。
 ところが六月上旬は日程についてはなんの進展もないまま過ぎていった。そうして私たちの出発まであと五日に迫った土曜日、ようやくReiさんから電話がかかってきた。
「日程がほぼ決まったよ。トレーラーが弟子屈まで迎えに行くのが十八日金曜日、弟子屈からニセコまで運ぶのが十九日土曜日、ニセコでの設置作業が二十日の日曜日になります!」
 南無三。車掌車の輸送と我が家の家族旅行はもろに日程がかぶってしまったのである。



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