homepage
走れ!バカップル列車
第44号 オレンジ色の中央線



   三

 目を疑うとはこういうことをいうのだろう。あるはずのない光景が、もう見られないと思い込んでいた光景が、いま目の前に現れている。
 神田川に沿って逆S字型にわん曲している快速線の線路を、オレンジ色の201系電車がゆっくりと何食わぬ顔をしてやってきた。
「みちゃん」
 横にいるみつこさんに思わず声をかけた。
「なに」
 みつこさんが応える。
「オレンジの電車がきた」
「ホントだ」
「おらはもう乗れないかと思って諦めてたんだ」
 201系はもう二度とふつうの営業列車に就くことはないと思い込んでいたし、実際そうだった。だからこの事態がにわかに飲み込めない。いったいなにが起こったというのだ。
「でも、いま走ってた」
「うん」
「きょうなら走ってる」
「走ってるね」
「乗ろうか」
「いいよ。こんどいつ乗れるかなんてわからないしね」
「そうなんだ。天気もいいし」
「わかた」
 そうとなれば話しは早い。急遽、201系「さよなら乗車」のバカップル列車を走らせることになった。
 そうはいってもさすがにいま御茶ノ水駅に到着した列車に乗ることはできないから、この車両が東京駅に到着し、折り返して高尾か青梅かまで行ったあと、もう一度御茶ノ水まで戻ってくる電車に乗ることにした。
 それまでの猶予はおよそ二時間。今日中にやろうと思っていた用事は急ピッチで終わらせることにした。作業中、合間を見てネットの検索もする。201系復帰について調べてみると、新型E233系の検査が急に必要になったらしく、四月下旬から201系が再び営業運転に入ることになったという。
 理由はどうあれ、すっかり諦めていた201系「さよなら乗車」が実現するのだから、これほどうれしいことはない。ふだんなら二時間で片づけることなどできない分量の用事も奇跡的に終わらせて、みつこさんと私は万全の体勢で御茶ノ水駅四番線のホームに降り立った。
 ホーム神田寄りの聖橋の下あたりでオレンジ色の電車の到着を待つ。こんどの201系は御茶ノ水16時13分発の「中央特快」東京行きだ。ホームのアナウンスが列車の接近を知らせている。水道橋方向をじっと見ていると、オレンジ色の201系電車が駿河台の崖の向こうから姿を現した。
 列車はゆっくりと右にカーブしながらこちらに近づいてくる。線路がわん曲している関係で車体の一部は御茶ノ水橋の橋脚に隠れてしまうが、再び出てきてこんどは左にカーブする。長さ二十メートルの車体を十両も連結しているから、列車も逆S字型に編成をくねらせて走ってくる。いよいよ駅に近づいて左にカーブするとき車体は視界の左に寄っていき、先頭車両は御茶ノ水橋の下をくぐる。先頭はホームに差しかかっても、編成の後ろのほうはまだ逆S字カーブをくねくねと走っている。乗客たちの陰にちらちらと姿を隠しながら、列車はゆっくりホームに進入し、「中央特快」は定位置に停車した。
 私は201系の快速電車がこの御茶ノ水の逆S字カーブを入線してくる様子が好きで、いつもじっくりと眺めているのだが、やはりいつものことになると味わいも少しずつ薄れてくる。きょうは「さよなら乗車」だし、この目でみることはもう二度とないだろうから、じっくりとこの列車接近の様子を心に焼きつけた。

 みつこさんと私はわくわくしながら、久しぶりの201系電車に乗り込んだ。臨時的に営業運転に入ったとはいえ、中吊りなど車内広告は最新のものが掲出されている。時間帯のせいか車内は比較的空いていた。
 いったん東京駅に向かう。東京で折り返してきた下り電車に乗らずに、折り返す前の上り電車から乗るのは、オレンジの電車が逆S字カーブを走ってくるのを最後にもう一度見たかったのと、バカップル列車は始発駅から終点まで乗るのがいちおうのルールなので、東京駅から乗り直すためである。
 オレンジ色の電車はレンガ色駅舎を横に見る東京駅一番線に到着した。この電車は折り返し16時20分発の「快速」青梅行きになる。いったんホームに降りたうえで再び三号車に乗車。車体には「モハ200-254」と書かれている。電車には早めに帰宅する会社員や学生、買い物帰りのおばさんとかが乗ってくる。座席はほどほどに埋まった状態で、快速電車は定刻に東京駅を発車した。
 青梅行きの201系快速電車は慣れた様子で中央線の線路を走りはじめ、御茶ノ水駅一番線に到着する。御茶ノ水からは黄色い電車の走る中央緩行線の線路も加わり三鷹まで複々線になる。神田川に沿った逆S字カーブをさきほどとは逆方向に進み、水道橋の裏側を通過するころから徐々にスピードを上げてゆく。「ゴロロロロゥ」というモーターの唸り声が床下から聞こえてくる。
 飯田橋を過ぎると桜並木がある外堀のほとりを快調に走り抜ける。桜の若葉は日に日に濃くなって、水面をゆらゆらと緑色に染めている。西に傾いた太陽の光がやわらかく窓から射して、車内を明るく照らしている。
 ふと窓枠に目をやると、きらきら光る窓のふちのオレンジが、車体全体にその塗色が塗られていることを静かに主張している。立ち並ぶビルのガラス窓は、いま私たちが乗っている電車のオレンジ色を鮮やかに反射させている。
 やはり中央快速線はオレンジじゃなきゃダメだ、と勝手なことを思う。新型のE233系はステンレス車体だから、色は全体として銀色だ。ラインカラーを示すオレンジ色の帯が窓上と窓下に二本貼られているが、これだけじゃオレンジ色の電車とはいわない。だから201系が消えることで、中央快速線からオレンジ色の電車は姿を消してしまうのだ。
 快速電車はそうするうちに四ッ谷に停車し、代々木で山手線と合流して、日本最大のターミナルである新宿駅に到着した。



next page 四
homepage