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走れ!バカップル列車
第44号 オレンジ色の中央線



   一

 中央線について語るべきことはたくさんある。たくさんありすぎて何から話せばいいかわからないほどだ。
 まず、基本的なところからいえば、中央線は東京から長野県の塩尻を経て名古屋に至る全長四百二十キロあまりの幹線である。本州中央部を走り抜ける日本屈指の山岳路線で、沿線には、勝沼から臨む甲府盆地、八ヶ岳や甲斐駒ヶ岳の眺め、木曽の寝覚ノ床など景色の良いところが多い。
 東京〜名古屋間を結ぶことから東海道線のバイパス線のような使われかたをした時代もあったようだが、現在は全線を直通する列車はなく、特急列車でいえば、新宿から松本方面へは「スーパーあずさ」と「あずさ」、名古屋から長野方面へは「(ワイドビュー)しなの」というように塩尻を境に運転系統がまっぷたつに分かれている。現実的には別々の路線として機能しているため、塩尻以東を「中央東線」、塩尻以西を「中央西線」と呼んだりすることもある。東京に住んでいるひとの中には「名古屋にも中央線があるんだ」と驚くひともいるが、東京の中央線も名古屋の中央線も、もともとは一本の中央線である。
 山岳路線としての中央線に私がはじめて乗ったのは、一九八一(昭和五十六)年、中学一年生の夏のことである。鉄道研究会の先輩が夜行列車に乗って大糸線の古い電車の写真を撮りに行くというのでついていったのだ。親からも教師からも離れ、仲間同士だけで旅行をするのはこのときが人生で最初のことだった。
 はじめて見た深夜の新宿駅は、昼間の新宿駅とはまったく違う姿を見せていた。同じ場所のはずなのに、時間帯が異なるだけで全然違う景色になっている。本当は場所も違うのではないかとつい錯覚してしまう。日中はオレンジ色の快速電車が往き来しているホームに、湘南形の急行列車が何本も並んでいる様子は圧巻だった。そしてそのすべての列車が満員の乗客をのせ、十分から二十分間隔で松本方面へ向けて続々と発車してゆく。
 私たちが乗車したのは23時45分発の急行「アルプス17号」だった。行き先は「南小谷」となっている。当時の私はこれを「みなみおたり」と読むことも、この駅が大糸線の電車区間の北端にあることも知らなかった。先輩は当たり前のように行列に並んでいるからなんの説明もしてもらえない。勝手について来たのに、いったいどこまで連れて行かれるのだろうと思った。三泊の旅程のうち宿に泊まったのは一泊だけで、往きも帰りも車中泊という強行軍だったが、信州の山々に囲まれ、先輩たちにも恵まれ、心ゆくまで電車を眺めることができた。
 私は中央線で鉄道おたくデビューを果たしたのだ。急行「アルプス」で出かけたこの旅のことは、生涯忘れることはないだろう。

 山岳路線中央線にも増して、私にとって馴染みがあるのは東京の通勤電車としての中央線だ。
 通勤電車中央線は、接続線区を含めた複雑な運転系統になっていて、オレンジ色の「中央快速線」は、東京〜高尾間を中心に運転されているが、一部の列車は高尾の先の大月まで乗り入れている。さらにその一部には大月から富士急行線の河口湖に乗り入れる列車もある。あるいは立川から青梅線に入って青梅まで直通する列車も多いし、五日市線の武蔵五日市、八高線の高麗川まで乗り入れる列車もある。列車の種類としてはふつうの「快速」のほか、「中央特快」「青梅特快」「通勤快速」などがある。
 黄色いラインカラーの各駅停車は基本的に千葉〜三鷹間を行き来している。運転系統としては「中央・総武線各駅停車」とか「中央・総武緩行線」などと呼ばれ、御茶ノ水〜三鷹間は中央線を走るが、千葉〜御茶ノ水間は総武線である。さらに各駅停車の電車の中には中野から東京メトロ東西線に乗り入れる電車までいる。
 そんな通勤電車中央線で、私は通勤していたことがある。一九九六年から二○○一年まで約四年半、私は三鷹に住んでいた。
 当時職場は恵比寿にあったから、ずいぶん通勤が楽になった。それまでは川崎の実家からぎゅうぎゅう満員でノロノロ走る小田急で通っていたのが、中央線は二分から三分ぐらいの間隔でやって来て、サクサク走る。しかも三鷹は中央・総武線各駅停車、東西線直通電車の始発駅なので一本待てば座ることもできた。独り暮らしをはじめてよかったと思った。小田急の通勤地獄から中央線天国へと転身を遂げることができたのだ。
 中央線への転身といえば、中央線沿線、特に中野〜三鷹付近の沿線にはかなりコアなファンがいて、この地への転居をはかる者も多いと聞く。
 漫画やアニメ関連の店が多い中野ブロードウェイや高円寺のライブハウスなど、サブカルチャーの先進地域ということも関係しているかもしれない。あるいは高円寺の純情商店街、阿佐ヶ谷のパールセンターなど各駅前に活気溢れる商店街があることも魅力だろう。太宰治の『斜陽』には、かず子が中央線に乗って上原を探し回るシーンが出てくる。荻窪の自宅へ行き、おでんやに行き、上原はそれでも見つからず、阿佐ヶ谷へ行けと言われ電車に乗って阿佐ヶ谷に行けば、西荻窪にいると言われる。似たような飲み屋が多いのか。私自身の感覚でも、中央線のこの付近はどの街もなんとなく似たような、同じような匂いがする。
 そして井の頭公園があり繁華街でもある吉祥寺は、不動産業者が調査する住みたい街ランキングなどでつねに一位か二位の位置を占めている。
 そういう人気があるからか、ふつう都心から離れれば少しずつ安くなる不動産価格が、中央線沿線に限っては三鷹までは西に行ってもぜんぜん下がらない。これはじつに困ったことだ。
 二○○一年にみつこさんと結婚して、東京都北区に住むことになった。独り暮らしと結婚生活は違うのだから、それはしかたのないことだ。それでもいつかはまた中央線沿線、吉祥寺とか三鷹付近に引っ越したいと考えていた。でも現実問題としてそれがなかなかかなわない。北区は曲がりなりにも東京二十三区内で、いっぽう吉祥寺や三鷹は二十三区外。それなのに吉祥寺や三鷹の家賃のほうが北区の家賃よりも高いのである。
 新宿駅中央線ホームの発車ベルを聴くと泣きそうになる。以前はこのメロディを聴くたびに「いつかは中央線沿線に戻ってくるぞ」と決意を新たにしたものだが、それがかなうことはもうなさそうだ。



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