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走れ!バカップル列車
第43号 伊勢志摩ライナー



   四

 九時に出発する送迎バスで宿を出た。鳥羽の駅前には九時五分ごろに着いた。
 ここから東京まではJRで行こうと思う。JRなら名古屋〜鳥羽間を走る快速「みえ」が便利である。
 近鉄鳥羽駅の向こう側にあるJR鳥羽駅に来た。出札窓口で東京までの切符を買おうとしたら、駅員のおっさんは「あれえ」といいながら改札側の窓から顔を出した。
「8分発まだいるなあ……。いいから乗っちゃいな」
 改札からそのままつながっているホームのほうをみると、9時08分発の快速「みえ4号」が発車するところだった。送迎バスの時間から考えて「みえ4号」には間に合わないと思っていたから、急に「乗っちゃいな」といわれると焦る。
 切符も買わないまま改札を通してもらい、みつこさんと二人で長いホームをよたよた走る。発車ベルはもう鳴りやんでいる。ようやくたどり着いて一番後ろのドアから飛び乗ると、その瞬間にドアが閉まった。
 四両編成のディーゼルカーは力強く走りはじめた。一番後ろの車両は指定席なので隣の自由席車両に移る。乗客はちらほらいる程度で、それなのに四両も連結するのは過剰な設備にみえる。進行方向右側の席に座った。
 窓のすぐ下には夏は海水浴場になる池の浦が広がっている。海の水はとても澄んでいて、手前のほうは底の砂まで透けて見える。沖は淡い青色で、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。池の浦シーサイドという臨時駅を通過すると線路は丘の中に入り、海は見えなくなった。
 池の浦以外の各駅に停車して9時24分、伊勢市に着いた。鳥羽で切符を買わなかったので、鳥羽から伊勢鉄道経由で東京までの乗車券を買う。その切符で伊勢市は途中下車扱いで降りた。
 お伊勢さんは、まず外宮と呼ばれる豊受大神宮をお参りし、次に駅から四キロほど離れた内宮と呼ばれる皇大神宮をお参りした。天気がよく日射しが強かったが、深くて高い杉木立のなかを歩くのはなかなか気分が良かった。
 ふたつの正宮の参拝が済んだところで昼になった。おはらい町通りと呼ばれる参道を歩く。ものすごい混雑だったが、せっかくなのでこのあたりでなにか食べてから帰ろうと思う。
 赤福の本店前からおかげ横丁を入ってみると、宿のフロントマンから聞いた「豚捨」という店を見つけたので、ここでお昼をたべることにした。伊勢牛ロースの網焼きをたべる。またまた満腹になった。
 帰りは参道の出口付近でみつけたバス停から伊勢市駅を通るバスに乗った。
 バスは途中、近鉄の宇治山田駅に停車する。宇治山田の駅舎が目の前に迫ってきた。クリーム色のタイルで装飾された堂々三階建ての洋風建築である。
「みちゃん、宇治山田の駅って、外から見るとすごいね」
「伊勢市の駅で驚いてちゃいけないんだねえ」
 朝、伊勢市で降りたときはJRの駅舎にも驚いていたのだ。
「うん、近鉄のがすごいよ」
 バスは伊勢市駅前に着いた。手前の道を走っているときに、ちょうど14時18分発の名古屋行き快速「みえ14号」が出ていくのが見えた。朝はギリギリで「みえ4号」に乗れたが、いまはギリギリで間に合わなかった。次の「みえ16号」まで一時間以上の待ち時間がある。朝にトクした一時間がこっちに回ってきたという感じである。駅前広場にある木蔭のベンチに座る。そよそよと吹いてくる風が心地良い。
 改めて正面にある伊勢市の駅舎を眺める。宇治山田の駅を見たあとだと、こちらの駅舎はなんだかずいぶん小さく見える。

 伊勢市駅の出札窓口には、快速「みえ」の指定券発売状況が一覧表になっていて、前後の列車は「△」(残席わずか)なのに、こんどの15時24分発「16号」だけは見事に「×」(売切れ)になっていた。参拝を済ませて名古屋方面に戻るにはちょうどいい時間帯であり、それなのに車両はわずか二両なので無理もないだろう。あとは自由席の空席争奪戦に参加するほかない。
 発車三十分ぐらい前からホームに出て「みえ」を待つ。太陽が少しずつ傾いてくる。向こう側の近鉄伊勢市駅では特急や急行など電車が頻繁に行き交っている。その間、こちらのJRでは14時56分発亀山行き普通列車、15時12分発鳥羽行き快速「みえ9号」の二本しか出入りがない。しかも近鉄は複線電化されていて、JRは単線非電化。近鉄特急は六両ほどの全席指定で、快速「みえ」は二両で指定席はごく一部。このあまりに対照的な様子を見ていると、なんでJRに乗らなければならないのか、と自問自答したくなってくる。
 時刻になって「みえ16号」が鳥羽方面からやってきた。みつこさんと私はどうにか空席をみつけて座ることができた。考えてみれば一時間も前から駅にいて、三十分もホームに立っているのだから、順番としては有利である。それでも発車直前には自由席に並ぶ列はどれもずいぶん長くなっていたし、鳥羽からの乗客が多かったらどうしようとか、ドアから乗り込むときにずっこけて後ろから来たひとたちに先を越されたらどうしようとか、いろいろ心配になったのである。実際は鳥羽から乗ってきた客はまばらだったし、ずっこけることもなかった。
 15時24分、快速「みえ16号」は伊勢市を発車した。順調に走れば名古屋には17時01分に着く。スムーズな加速でどんどん速度を上げてゆく。
 快速「みえ」は一九九三年に登場したキハ75形というステンレス車体のディーゼルカーで走る。それまで近鉄が一人勝ち状態だった名古屋〜鳥羽間に、強力なエンジンを持ち最高速度が時速一二○キロの新型車両を投入してJRが勝負を挑んだのだ。結果、現在のダイヤでは名古屋〜鳥羽間が、近鉄特急は停車駅の多い列車で一時間三十四分〜四十分であるのに対し、JRの快速「みえ」は一時間四十三分〜五十六分と、かなり拮抗してきている。
 列車は十三分ほどで多気に着く。参宮線から紀勢線に入って松坂、津と停車。ディーゼルエンジンの音を聞きながら揺られていたら、いつのまにか居眠りしてしまった。気がつけば複線で高架線の伊勢鉄道を猛スピードで走っている。津で乗客がどのように乗り降りしたかあまりおぼえていないが、運転席後ろのドア付近はずいぶんと混んでいる。
 鈴鹿に停車し、河原田からJR関西線に入って四日市に停車。さらに客が乗ってくる。ドア付近はそこだけ通勤ラッシュの車内のようだ。座席のある通路にも立っている乗客がぽつぽついる。
「伊勢志摩ライナー」のサロンカーのゆったりとした車内、次々とやってくる近鉄電車、宇治山田の堂々とした駅舎……。昨日からの出来事を思い浮かべていると、ふとひとつの疑問が浮かんでくる。名古屋直通の快速列車を仕立て、新型ディーゼルカーを導入したとはいえ、JRは最初から勝負など挑んでなかったのではないか、と。



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