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走れ!バカップル列車
第43号 伊勢志摩ライナー



   三

 賢島は志摩半島の南の外れのどん詰まりにある島である。真珠の養殖で有名な英虞湾に浮かび、大阪や名古屋から近鉄特急が頻繁にやって来るとはいえ、それほど賑わった街ではないだろうと想像していた。だから予定では特急が着いた十五分後に出発する普通電車で鳥羽まで戻ることになっていた。
 実際に来てみたら、想像以上に寂しい雰囲気が漂っている。ホームだけは五番線まであって立派だが、改札を抜けたところがもういけない。売店があり、駅舎の二階にレストランと喫茶店を兼ねた店があり、どちらも客が入っている様子はない。駅南側に広がる街並みを見渡してもなんだか活気がない。
 ところが駅舎の窓から見る景色は空がとても広く、太陽がやけに明るい。見たこともないカラフルな鳥がさえずっていたりする。海も見たい。なんとなくだが、わずか十五分でここを去るのがちょっともったいない気がしてきた。
 みつこさんが駅の案内表示を見ていう。
「あ、志摩マリンランド、徒歩二分だよ」
「え、ホント?」
 みつこさんが宇治山田の看板で見つけたマンボウのいる水族館は、なんと賢島にあったのだ。みつこさんの目が急に輝く。答えは明白だ。もうこの時点で鳥羽水族館はなくなった。
「じゃあ、しばらくここらへんを見て、お昼食べてからマンボウ見にいこうか」
「うん!」
 階段を降りて街に出た。左右に真珠の店が並んでいるが、客が入っている様子はない。それ以前に通りを歩いている観光客は私たちだけである。真珠店の店先に立っているオヤジにじろじろ見られる。
 海が見えてきた。遊覧船が発着する港があると地図にはあったが、それらしき設備は見あたらない。あとでわかったことだが、堤防の切れたところから延びている艀がどうやら港だったようだ。街を歩きながら昼ごはんを食べられそうなところを探したが、おいしそうな店がない。最悪の場合は駅二階のレストラン兼喫茶店で食べようかと諦めつつ、駅に戻ることにした。さっきのオヤジにじろじろ見られるのはイヤなので、別の通りから戻ろうとしていたら、偶然、ちょうど良さそうな食堂を見つけた。入口にウルトラマンの人形がある真珠店の二階で「玉津亭」という。伊勢地方の名物である手こね寿司と伊勢うどんの両方食べられるのがいい。
 手こね寿司と伊勢うどんを注文すると、店のおねえさんが私たちにきく。
「伊勢うどんって、ご存じですか? ちょっとふつうのうどんと違うんですけど」
 いちおう知っています、と答える。うれしくなった。そういう質問をするということはそれなりに信念を持って料理をつくっているということだ。まだ食べていないが、このお店で出すものはどれもおいしいだろう。ここに入って正解だと思った。
 伊勢うどんはコシのないふわふわした太麺である。どんぶりの底にはみたらし団子のタレをさらさらさせたような甘辛のつゆがたまっていて、麺とつゆをよく絡めてから食べる。手こね寿司もこの地方独特のもので、寿司飯のうえに熱いタレで漬けにしたカツオが載っている寿司だ。この店ではカツオだったが、マグロやカンパチを使ったものもあるらしい。実際でてきた手こね寿司と伊勢うどんはどちらもとてもおいしかった。みつこさんも私もごきげんである。
 玉津亭からは駅を通らず、坂道を上り踏切を渡って志摩マリンランドに向かった。
 大きな水槽をひょうひょうと泳ぐマンボウを見て、ペンギンを見て、クリオネを見て、シーラカンスの化石を見て、海女さんの餌づけを見た。最後に屋上にある展望台に登った。水族館の北側に広がる英虞湾が一望できる。海の深い青と若葉の緑が対照的に輝いている。真珠の養殖をしている筏がいくつも浮かんでいる。その手前を小さな船が白波を立てて進んでゆく。
 賢島の駅から14時33分の伊勢中川行き鈍行電車に乗る。来た道をまた戻り、15時18分に鳥羽に着いた。
 鳥羽からは宿の送迎バスに乗る。安楽島にある宿は窓一面に鳥羽の海が広がっていて、とても眺めが良い。貸切露天風呂に入り、伊勢海老やアワビがてんこ盛りの晩ごはんで満腹になった。

 翌朝は五時に起きた。宿がつくってくれたテレビ欄のチラシの下に明日の日の出は五時十一分と書いてあったからだ。
 窓の外をみたら、石切場になっている菅島の向こうから真っ赤な玉が現れた。朝日だ。みつこさんも起きてきて、まぶしそうに目を細く開けながら朝焼けの空を眺めている。ほんの一、二分経つだけで太陽の色はみるみる変わる。真っ赤な玉は次第に橙色の光になった。
 きょう四月二十五日はいよいよ神宮参拝の日である。一日のはじめに日の出をみて、なんだか良い日になりそうな気がした。



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