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走れ!バカップル列車
第43号 伊勢志摩ライナー



   二

「伊勢志摩ライナー」は五号車サロンカーだけ窓が大きくつくられている。見上げれば天井まで届くほどのとても大きな窓だ。空は雲ひとつない快晴で春の日射しが容赦なく車内に降り注ぐ。
 みつこさんがまぶしそうな顔をする。ふだんはカーテンやブラインドを閉めない私もこの広い窓ではさすがにまぶしいので、ブラインドを半分ほど下げることにした。窓下のスイッチを押すと電動でブーッと音を立てながら降りてくる。すごい仕掛けだ。ブラインドを降ろしてもふつうの窓程度の視界は確保できた。
 列車はJR関西線と並んで川をいくつも渡ったりしながら走る。弥富を通過。この一帯は輪中になっていて、土地の標高が川の水面よりも低いところがある。隣接するJRの弥富駅は海抜マイナス○・九三メートルで、地上にあるもっとも低い駅といわれている。木曽川を渡る。輪中の長島を通り過ぎると、長良川、揖斐川を一つの鉄橋で渡る。この鉄橋は揖斐・長良川橋梁といって全長が九九一・七メートルもある。鉄橋を渡ると線路は大きなカーブで九○度ほど曲がり桑名を通過。養老鉄道の赤い小さな電車と三岐鉄道北勢線の黄色い小さな電車が見えた。
 車掌が検札にきた。切符を見せながら、「ほかの空いている席に移動してもいいですか」と尋ねてみた。なにぶんお隣の弾丸トークはものすごい騒音である。
「空いているところなら、いいですよ」
 車掌さんも事情はわかってくれたのだろう。荷物をまとめて五番の席に移った。向かいのサロン席には誰もいない。数メートル離れただけでものすごく静かになった。快適な座席にカラダを沈め、改めて近鉄特急の旅を楽しむことにした。四日市を通過。窓の外にはコンビナートの煙突からもくもくと白い煙の昇るのが見えている。
 くっついたり離れたり、乗り越えたり……近鉄線とJR関西線は会えば喧嘩ばかりしている兄弟みたいにして並んで走っている。それでも四日市を過ぎると近鉄は海沿いに出てまっすぐ南へ向かうが、関西線は亀山、奈良方面へ向かうため内陸の方へ去ってしまう。JRと直通している伊勢鉄道がともに津方面へ走るが近鉄より三、四キロほど内陸側を走っている。鈴鹿川を渡り、海に近い明るい平野を快走する。海には近いはずだが海は見えない。
 去ってしまった関西線の代わりに亀山方面から近づいてくるJR線は紀勢線である。紀勢線も伊勢までは走らず、多気から南紀地方へ向かう。近鉄が紀勢線の線路を越えると三重県の県庁所在地である津に停車した。
「『つ』の字が目の検査みたい」
 みつこさんがJRの駅名標を見てそういった。ひらがなで書いてあると、確かに「C」を左右逆にしたような目の検査記号のように見える。
「『横』って答えちゃダメだよ」
 かつてみつこさんは目の検査中に「横」と答え、物議を醸したことがある。
「わかってるよ。『左』って答えるよ」
 10時11分、津を発車。こんどはJRが海側を走り、近鉄はやや内陸を走る。
 雲出川(くもずがわ)を渡るとポイントをガタンガタンと通過する。右に単線の線路が分かれていく。この線路は近鉄名古屋線と近鉄大阪線との連絡線だ。この線路のおかげで名古屋〜大阪間の特急はスイッチバックせずに直通することができる。そうして大阪線が近づいてきて合流。伊勢中川を通過する。伊勢中川は名古屋線、大阪線、山田線のジャンクションになっている。
 松坂を通過するとJR紀勢線は南紀方面に去ってしまう。近鉄だけが東南東の方向へまっすぐ走り、伊勢へ向かう。
 宮川を渡ると伊勢市に入る。伊勢市駅に近づくが、JR参宮線との連絡駅であるこの駅に「伊勢志摩ライナー」は停まらない。伊勢市は通過して、六百メートルほど離れた宇治山田駅に停車する。JRは伊勢市駅しかないから伊勢市駅を神宮への表玄関とせざるを得ないが、近鉄としての表玄関は伊勢市ではなく宇治山田である。実際、近鉄の伊勢市にはホームが二面しかないが、宇治山田は高架駅で三面・四線もあり、かなり大規模である。
「伊勢志摩ライナー」は名古屋から賢島までを二時間で走破し、路線はあたかも一本のようにつながっているが、路線名の区分でいえば、近鉄名古屋〜伊勢中川間は名古屋線、伊勢中川〜宇治山田間は山田線、宇治山田〜鳥羽間は鳥羽線、鳥羽〜賢島間は志摩線と四つの路線を跨って走っている。
 普通列車でさえ直通していて運転系統ではほぼ一つの路線のようになっているが、このように路線名が違うのはそれぞれ歴史が違うからである。名古屋線、山田線と志摩線はそれぞれ前身となる私鉄が戦前に建設した路線だが、鳥羽線だけは近鉄が戦後の高度成長期に建設している。
 宇治山田は当初より伊勢への表玄関として開業し、鳥羽線ができるまで近鉄の終着駅だった。だから駅の規模も大きく、すべての特急列車が停車する。停車時間もほかの駅より長くとられている。「伊勢志摩ライナー」も到着してから二、三分ほど停車している。乗客はぞろぞろと降りていった。車内は私たちを含めた二組だけになり、とても静かになった。
 停車中、みつこさんが窓の外を指さす。
「マンボウのいる水族館があるよ」
 指をさす方向を見ると「志摩マリンランド」と書かれた広告の看板があって、「マンボウの泳ぐ水族館」という説明書きがある。
 みつこさんはとても行きたそうに眺めているが、きょうの午後は鳥羽に戻り、鳥羽水族館に行くつもりである。だから志摩マリンランドのことは調べてないし、どこにあるかもわからない。

 特急列車は10時43分、宇治山田を発車した。
 鳥羽線はJR参宮線よりも山側の丘の中をまっすぐの高架線で走る。山の中腹に点在する淡い新緑が目に鮮やかだ。あっという間に鳥羽に着いた。すぐ隣にはJR参宮線の鳥羽駅がある。銀色の車体にオレンジ色の帯を巻いた快速「みえ」が停車している。鳥羽で残りの一組も降りてしまった。サロンカーはとうとう私たちの貸切車両になった。
 10時57分、鳥羽を発車。ここから賢島までの志摩線は昭和初期に志摩電気鉄道が建設した。鳥羽線が開通するまでは他の近鉄線から孤立した路線でもあった。線路の敷き方も時代を反映していて、鳥羽線とはまったく違う。狭い敷地を右に左にくねくね曲がりながらゆっくりと進む。
 明るい日射しの中を「伊勢志摩ライナー」がゆく。窓の外には鳥羽港の海が広がり、ミキモト真珠島、鳥羽水族館などが見えてくる。水路の向こう側の山はきょうの宿がある安楽島(あらしま)だ。
 志摩赤崎を過ぎると海から離れ、加茂川沿いを走る。半径二○○メートルもないだろう超急カーブをほぼ直角に曲がって船津を通過。川沿いなのでいま曲がった急カーブの向こう側の線路が見えている。
 そうするうちに線路は丘陵地帯に入る。わずかな平地に水田があって、おばあちゃんが田植えをしている。全長二七○○メートルの青峰トンネルを抜けた。
 ふと思い立って先頭六号車の運転席のところへ行くことにした。来てみると運転席とデッキを隔てる部分はぜんぶガラス張りになっていて、とてもいい眺めである。大人二人がちょっと腰をかけられるような太いパイプまでつくられている。近鉄のサービス精神に感心した。前方をみると丘陵地帯を右に左にカーブしながらゆっくりと走っている。ちょうど上之郷を通過した。複線の線路がここから単線になる。また坂をくだって志摩磯部に停車した。
「どうだった?」
 みつこさんが運転席からの眺めの感想をきく。
「すごい、良く見えたよ。みちゃんも行ってきなよ」
「わかた」
 みつこさんがすっくと立って、六号車に向かった。その間、列車は短いトンネルを抜け、丘の中を走り抜ける。阿児町の役場がある鵜方に停車する。
 鵜方を出ると、あと五分で終点賢島である。みつこさんは前に行ったきり、なかなか帰ってこない。ずいぶん長いこと見ているなと思っていたら、鵜方を出てしばらくして帰ってきた。
 特急列車は新緑の草原を快調に走り抜ける。志摩神明を通過し、しばらくすると速度を落とす。まもなく終点賢島だ。道路と並んでカーブをくねくねとゆっくり進む。左右に海の見える橋を渡り、そうして11時25分、賢島駅の一番ホームに到着した。



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