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走れ!バカップル列車
第43号 伊勢志摩ライナー



   一

 そろそろ伊勢と熊野に行こうと思う。どちらも由緒正しい神社の鎮座する地であり、どちらもまだ訪れたことがないから、一度はいきたいと思っていた。
 ところが二泊三日で伊勢と熊野の両方をいくのは無理があるようなので、まず最初に伊勢にいくことにした。逆に伊勢だけなら一泊二日でも日程としては充分である。
 いつもの年なら、二月上旬あたりにどこか旅行にいっていた。寝台急行「銀河」に乗ったのも、津軽鉄道のストーブ列車に乗ったのも、その時季だ。しかしことしは前年末から一月にかけて落ち着かない日々を過ごしていて旅行の準備をすっかりサボっていた。そのまま出かける機会を失ってしまい、三月になった。
「みちゃん」
「なに」
「ぼちぼち旅行にいきたいね」
「どこいこうか」
「お伊勢さんにいこうと思うんだ」
「お、いいね」
「じゃあ、お伊勢さんてことでプランを練ろうかの」
「たのむよ」
 そうして時刻表を開いてみて、気がついた。
 伊勢だけにいくなら鉄道旅行としての面白味はあんまりない。
 もちろん鉄道がないわけではなく、近鉄とJRの二路線がある。しかしどちらに乗っても名古屋から伊勢湾を臨むルートでしか行きようがなく、ただ行って帰ってくるだけの単純往復になってしまう。前回の北陸のように米原から入って、長岡経由で帰ってくるというようなバリエーションは期待できない。渥美半島先端の伊良湖岬から船に乗るルートや、寄り道して名松線に乗ることも考えたが、そうするとこんどは一泊二日では足りなくなる。
 そもそも今回は伊勢神宮に参拝することがおもな目的なのだから、鉄道のことは二の次でよい。列車の旅は往きに近鉄に乗り、帰りにJRに乗るぐらいにして、あとは一泊二日の気軽な温泉旅行ぐらいの気持ちで出かけようと思う。

 二○一○年四月二十四日、みつこさんと私は近鉄名古屋駅にやって来た。
 東海道新幹線からの乗り換え時間には余裕をみたつもりだが、近鉄の駅の場所がわかりにくく移動に手こずってしまった。近鉄の名古屋駅はJR駅に隣接した地下にある。地下改札口に着いたのは特急列車の出発七、八分前だった。息を切らして改札を抜けたが、列車が発車する五番ホームにはまだ列車は入線していなかった。
 乗車する列車は、9時25分発の特急賢島行き。今夜の宿は鳥羽だが、バカップル列車では列車の始発から終点まで乗ることをいちおうのルールにしているので、終着の賢島まで乗る。
 名古屋から伊勢志摩方面へ向かう特急列車は一時間に二、三本出ているが、9時25分発はほかの特急列車より少しばかりグレードが高い。途中駅はほかの特急ならば停車する桑名、四日市、松坂、伊勢市などは通過し、津、宇治山田、鳥羽、志摩磯部、鵜方の五駅だけしか停まらない。車両は「伊勢志摩ライナー」と呼ばれ特急形電車である。六号車にはデラックスカーというJRのグリーン車のような座席の車両があり、五号車にはサロンカーという四人用ボックスシートと二人用の向かい合わせのシートが並んだ車両が連結されている。
 近鉄のホームページで車内の様子を調べているとき、「伊勢志摩ライナー」に乗るならサロンカーに乗りたいと思った。二人用のツインシートは私たちの旅にちょうどいい。都内にある近畿日本ツーリストでこの時間の特急券を買うことにした。早めにいったのでサロンカーのツインシートも無事確保できた。A4サイズの用紙に印刷された切符には「05号車 ツイン NO.2」と書かれている。
 五番ホームでしばらく待つと、発車五分前の9時20分に黄色と白の明るいツートンカラーの特急電車が入線した。先頭は流線型になっていてなかなかカッコイイ。
 みつこさんがデジカメで「伊勢志摩ライナー」の写真を撮ろうとしたら、近くにいた全然知らないお兄ちゃんが電車に近づいてピースをした。お兄ちゃんはお兄ちゃんで彼女に写真を撮ってもらっていたのだが、みつこさんはその瞬間にシャッターを押したので、みつこさんもそのお兄ちゃんの記念写真を撮ることになってしまった。
 五号車のサロンカーは六両編成の前から二両目に連結されている。
 車内は通路の進行方向左側に二人用のツインシート、右側に四人用のサロンシートがあって、それぞれ六区画並んでいる。ツインシートには熟年夫婦と思しき二人組が何組かいて、ガイドマップやお菓子などを広げている。
 切符に書かれた二番の席まで来てみると、通路を挟んで反対側のサロンシートには外国人と日本人二人の三人組がすでに座っていて、英語で盛んになにか話している。出張でやって来た客人の接待旅行なのだろう。外国からの客人は興奮しているのか、とても大きな声で弾丸のようにしゃべっている。ここまで来ると立派な騒音で、私たちはちょっと憂鬱な気分で席に座ることになった。
 定刻9時25分になり、「伊勢志摩ライナー」は名古屋の地下駅を発車した。右にカーブしながら勾配を登ると明るい地上に出る。JR関西線と機関区の線路がたくさん並んでいて、ディーゼルカーが何両も留置されている。
 近鉄特急は徐々にスピードを上げ、レールの上を快調に滑りはじめた。



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