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走れ!バカップル列車
第42号 のと鉄道と急行能登



   一

 能登は広くて奥が深い。半島は石川県と富山県に跨るが、石川県部分だけでもその面積は二一七三平方キロメートル。東京都の二一八七平方キロメートルとほぼ同じ広さである。
 東京の奥多摩でさえ充分に歩いていない私たちが、この広い能登全域をほんの数日で周りきれるはずがない。「能登に行く」といってもそもそも全部を見て回ることなど無理なのだから、私たちなりに「能登に行く」しかない。私たちなりとはなにかといえば、やはりバカップル列車の旅だから、「能登の列車に乗る」ことが「能登に行く」ことになるだろう。
 国鉄時代、能登には二つの鉄道路線があった。一つは北陸本線の津幡から日本海沿岸の輪島までつながる七尾線(一○七・九キロ)、もうひとつは七尾線の途中駅穴水から分岐して半島の突端に近い蛸島まで通じる能登線(六一・一キロ)である。この路線に乗れば能登半島の東端と北端に近づけるから、曲がりなりにもほぼ全域を旅したことにはなる。しかし能登の鉄道は、和倉温泉以北が第三セクターののと鉄道に移管された後、二○○一年四月に七尾線穴水〜輪島間が、二○○五年四月に能登線全線が廃止されてしまった。
 現在残るのは、JRの津幡〜和倉温泉間とのと鉄道の和倉温泉〜穴水間の二つの七尾線だけである。そこでバカップル列車なりの能登の旅を楽しむため、穴水までのと鉄道七尾線に乗ることにした。

 特急「しらさぎ」で和倉温泉に着いた私たちは、ガソリンスタンドの建物をそのまま使った観光案内所にやって来た。すでに午後一時、腹ぺこである。カウンターの向こうのおっさんにおいしい海の幸を食べられる店をきいてみた。おっさんは最初、和倉温泉の旅館で出しているランチなどを紹介しようとしていたが、次の列車まであまり時間がない。
「じゃあ、あそこに見える寿司屋がいい」
 そう言っておっさんが指さしたのは、駅前ロータリーに面した駅徒歩数十秒の場所にある寿司屋だった。ロータリーを出て道一本渡った観光案内所から見れば、また駅のほうに戻るような格好になる。その寿司屋でにぎり寿司を食べてから駅に戻った。
 穴水行きの次の列車は14時29分発である。時間が近づいたので跨線橋を渡って二番のりばに来た。
 反対側の一番のりばに大阪からの特急「サンダーバード15号」がちょうど到着した。こちらのホームには鈍行を待っている客が十人くらいいる。のと鉄道はローカル線のはずだが、この人たちが全員乗ればそこそこの乗車率だ。しかものと鉄道の鈍行列車はひとつ手前の七尾が始発駅である。七尾からの乗客が多ければ、座席にすわれるどころかぎゅうぎゅうの満員になってしまうかもしれない。
 穴水行きの鈍行列車がやってきた。紺色と白に塗り分けられたディーゼルカーが一両だけである。案の定、七尾からの高校生がたくさん乗っていて、すでに座席は満席だった。和倉温泉からの乗客は立ちんぼを余儀なくされる。
 ふと運転席の右側を見ると、そのスペースだけぽっかりと空いていた。のと鉄道のディーゼルカーはワンマン運転の小さな車両なので前は左側の一角だけが運転席になっている。中央の貫通路部分と右側の角は乗客にも開放されている。運転手と横に並ぶ位置だから、もちろん前方の景色がよく見え、鉄道おたくにとっては「特等席」である。いくならいましかない。
「みちゃん」
「なに」
「あの運転席の横のいちばん前にいくよ!」
「わかた」
 通路に立つ乗客をかき分け、車両前方に進み、運転席の横にたどり着く。ほかの誰かに陣取られることもなく、無事に二人が立てるだけのスペースを確保できた。
 運転席にはおばちゃんの運転士が座っている。列車はまもなく発車した。みるみるスピードを上げてゆく。
「すごい迫力だよお!」
 座れば居眠りばかりのみつこさんも先頭からの景色に見入っている。あまりの迫力でちょっと恐いかもしれない。列車は二本のレールの上をなめらかに滑り、枕木は目にも留まらぬ速さで足もとに潜りこむ。ディーゼルカーは家並みを抜け、緑をかき分け鉄橋を渡る。
 田鶴浜に停まり、笠師保で上り列車とすれ違う。能登中島でだいぶ降り、ようやく空席がでてきた。みつこさんはなんのためらいもなく座ったが、私はまだここにいたい。いったん座ったがまた運転席の横に立つ。能登中島はほかの駅より構内がやや広く、上りホームの向こう側にはいまは懐かしい郵便車が保存されていた。
 能登中島から次の西岸までは能登半島から東に突き出る岬の根元を走る。あたりはにわかに峠道になり、列車は草むらの中に分け入ってゆく。陸橋をくぐり松の林を抜け、右に左にカーブして、五、六分ほど走ると西岸に着く。
 ここから線路は海沿いに出る。右窓には黒い瓦屋根が続き、眼下には七尾北湾が太陽の光をうけてきらきらと輝いている。はるか彼方には能登島が横たわっていて、能登半島と能登島とを隔てる三ヶ口瀬戸には斜張橋の架かっているのが見える。
 能登鹿島は二本の線路を挟んで向かい合わせにホームがある。その両方のホームにずらりと並んでいるのは桜の木だ。いまは黄色がかった葉ばかりだが、春にはきっと花のトンネルになるだろう。
 座席にすわったみつこさんのあとの「特等席」にはオレンジ色のシャツを着た少年がきた。少年も私の横に並んで前方の景色をじっと見つめている。
 列車はしばらく海沿いを走るが、また次の岬があって、その根元を横切り丘を越える。丘の頂上はトンネルになっている。
「あ、トンネルだ!」
 オレンジシャツの少年が叫ぶ。自分と同じことを少年も考えていると知った私は、地図を見ながら次のトンネルのこともついでながら教えてみた。
「もうひとつ、トンネルを抜けるよ」
 声は聞こえたはずだが少年は私の言うことには応えず、じっと前を見ている。やがてもうひとつのトンネルが現れた。
「あ、ホントだ!」
 いまごろ返事がきた。少年は驚いている。私はちょっと得意になった。トンネルを抜けると黒い瓦屋根がまた見えてきて街中に入る。列車はそうして終着穴水駅のホームに停車した。定刻は15時05分着だが、きょうは四分ほど遅れて15時09分ごろの到着である。オレンジシャツの少年は列車到着後、お母さんに連れられてどこかへ行ってしまった。
 穴水駅はかつては輪島方面の七尾線と蛸島方面の能登線の分岐駅だったが、どちらの線もいまはなく、尻切れトンボの終着駅になっている。現在の輸送量からすれば少々持てあまし気味にみえる広い駅構内の設備は、かつての賑わいの名残なのだろう。
 鉄道で穴水に来れば、バカップル列車の能登の旅は目的を達成したことになる。駅周辺での観光はせず、すぐ次の上り列車で金沢へ戻ることにした。七尾でJRの小松行き鈍行電車に乗り換える。
 ふと西の空をみると、夕陽が地平線ギリギリに近づいて、まさに沈もうとしているところだった。真っ赤に輝く夕陽を見ながら金沢に向かう電車は走り続けた。



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