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走れ!バカップル列車
第41号 特急しらさぎ



   四

 米原を発車した「しらさぎ3号」は北陸本線に入り、琵琶湖畔を快走する。長浜の手前で左窓に湖がちらちらと見える。白い遊覧船が水面に浮かんでいる。見えたかと思ったらあっというまに見えなくなった。
 長浜に停車し、また走ると線路は山の中に入る。滋賀県は周囲を山に囲まれ、真ん中には断層湖の琵琶湖が広がっているので、平地が少なく地形も複雑だ。左側に見えてくる湖は琵琶湖からちぎれたようにして水を湛える余呉湖(よごのうみ)である。余呉湖が見えなくなるとこんどは新幹線のような高架橋の湖西線が近づいてきて合流する。再び山の中に入り、滋賀・福井の県境を五一七○メートルの深坂トンネルで抜け、上下線が離れたりまた近づいたり、ループ線の脇を抜けたりして敦賀に到着した。
 敦賀を発車するとかつての急峻な木ノ芽峠を全長一三八七○メートルの北陸トンネルで通過。抜けたところは今庄で、ここから福井までは九頭竜川の支流日野川に沿って武生盆地、福井平野を緩やかにくだってゆく。
 ところで米原のスイッチバックで混乱のもとになっていた外国人の団体は、いったいどこまで乗るのだろう。この先の鯖江という町はメガネフレームの生産で有名なところだから、(工場見学にでも行くのだろうか?)と勝手な予測をしてみたが、鯖江が近づいてもそんな気配は一向にない。そうそう勝手な予想など当たるはずがないと思っていたら、「しらさぎ」がもう鯖江のホームに差しかかるくらいのところで、その団体の添乗員がもぞもぞと立ち上がり、「次の駅で降ります」と参加者にいい出した。「次の駅」といっても、もう列車がその駅に停まるか停まらないかぐらいのタイミングである。団体は慌てて降りる仕度をはじめた。ただでさえ荷物の多い海外からの客人である。スーツケースが車内を飛び交う騒ぎになった。もう列車は鯖江に停車している。間に合うのかどうか心配になったが、どうにか通常の停車時間内に全員下車できたようだった。
 それにしてもこの添乗員は若い日本人の女子が一人でこなしているが、ずいぶんのんびり屋だ。米原で座席を転換する騒ぎの時もおろおろと様子をうかがうだけだったし、鯖江での下車だって、その駅に停まる直前に「降ります」というのでは遅すぎる。よくこれで添乗員が務まるものだ。
 福井に着いた。福井の駅は高架化されて新しくなっている。旧京福電鉄のえちぜん鉄道のカラフルな電車もJR駅の横に並んでいる。永平寺や東尋坊など福井県内にも訪れたいところは多いが今回はしかたがない。
 外国人の団体は多少の混乱はあったもののそれ以外は本を読んでいたりしてとても静かだったが、米原から乗ってきたおっさんたちの団体は酒も入っているためか、話す声は大きいし、なにかあると高笑いをするのでとてもうるさい。芦原温泉とか加賀温泉で降りてくれないかなと密かに願ったが、それもかなわなかった。騒音はなるべく考えないようにして目をつむっていたらいつのまにか寝てしまった。窓から太陽の光が燦々と差しこみ、ぽかぽか暖かかったのもいけない。目が覚めたときにはもう列車は金沢に近づいていた。
 11時50分、福井と同じく高架化された金沢駅に到着した。乗客がぞろぞろと降りてゆく。うるさかったおっさんやそうでない家族連れたちもみんな降りてしまった。
「しらさぎ3号」は金沢駅で編成が分割される。分割作業のため金沢ではしばらく停まり、三分後の11時53分にまず前五両の富山行きが発車する。分割作業を見にいくことにした。
「乗り遅れないでよ」
 心配そうにいうみつこさんに「大丈夫」と返事をしてホームに出る。
 五号車と六号車の連結面に来てみると、ヘルメットに蛍光色ベストのおっさんとおねえさんが二人、ひととおりの作業を終えてホームに立っていた。ちょっと来るのが遅かったようだ。
 五号車側の車掌が前方を確認しながらドアを閉めると、富山行き「しらさぎ」が発車する。六号車より後ろの和倉温泉行きはそのままホームに残される。増結の作業と違って、分割の作業は先発の編成が出発し、後発が残されるだけなのでこれといって見るものが少ない。するとヘルメットのおっさんが慣れた様子でホームからひょいと線路に降りた。なにをするんだろうと見ていると、おっさんはホームにぽつんと置いてあった連結器カバーを手に持ち、六号車前面にあるむき出しになった連結器にカバーをかぱっとはめた。その作業が終わると、ホームにあがったおっさんとおねえさんはなにもなかったかのようにすたすたと去ってしまった。

 和倉温泉行き「しらさぎ」は、三両というこぢんまりした編成になって富山行きの三分後の11時56分に発車した。私も無事に席に戻って、みつこさんも安心である。車内はいままでとはうってかわってずいぶんがらんとしている。ざっと見渡すと八号車の乗客は私たちを含めて四人だけ。つい十分ほど前までの喧噪が懐かしくなるくらいの静けさだ。
 特急列車はいままで通りのスピードで北陸本線を快走する。金沢の三駅先の津幡を通過。速度をやや落としながらポイントをガタン、ガタタンと渡った。このポイントで北陸本線から七尾線に入る。時速一三○キロで走る複線の北陸線から、速度はそれほど出ない単線の七尾線にやってくると、高速道路から農道に来たような感じだ。線路もロングレールではなく、二十五メートルの線路をつなげているから、ガタタン、ガタタンというジョイント音が聞こえてくる。ジョイント音の間隔はほぼ一秒くらいだから、ローカル線といっても時速九○キロ近くは出ているのだろう。「農道」をばく進する様子はかえってスリリングだ。
 七尾線は能登半島つけ根の西側を北上している。右手には半島の背骨にあたる宝達丘陵の山々が見え、左側は平野で空が広がっている。車窓からは見えないが二キロほど西にいけば海岸である。免田(めんでん)、宝達(ほうだつ)といった面白い名前の駅を次々と通過して、12時26分、羽咋(はくい)に着いた。
 下車する客はなく乗客四名のまま「しらさぎ」は羽咋を発車。ゆるやかに右にカーブして能登半島を東西に横断する邑知潟平野を進む。
 線路は半島の東岸に近づくとくるりと左に急カーブする。このカーブの途中で右方向から近づいてきた貨物線跡と合流し、七尾に着いた。七尾は沿線では大きな町で、港町でもある。私たちのすぐ後ろに座っていたおじさん一人が降りて、乗客は三名になった。
 特急「しらさぎ3号」は海沿いをカタコトと六分ほど走って、12時51分、終点和倉温泉に到着した。八号車からは三人しか降りなかったが、自由席車両からは十数人くらい乗客が降りてきた。
 和倉温泉という駅名から、温泉旅館が駅近くに建ち並ぶ賑やかな駅なのかと想像していたが、そんなことはなかった。跨線橋から駅の裏を見ればススキが茫々と茂って秋風に揺れている。改札を降りても温泉旅館一、二軒の客引きがいるだけで、その旅館に向かおうとする客もいず、旅館のワゴン車は空のまま走り去っていった。駅前も広々としたロータリーにタクシーが停まっているくらいで、なんだか殺風景に見える。温泉駅を名乗っているが、かんじんの温泉街はもっと海岸の近くにあって駅からは一、二キロ離れているという。
 昼ごはんを食べるところを探そうと観光案内所という看板をみつけて歩いていくと、閉店になったガソリンスタンドがそのまま観光案内所に変身している。ガソリンスタンド特有の大きな屋根には給油機がそのまま残っていて、「レギュラー」「ハイオク」「軽油」などと書かれていただろう場所に、「国内旅行」「海外旅行」「ハネムーン」といった文字が貼られていた。



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