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走れ!バカップル列車
第40号 富良野線と急行はまなす



   四

 青函連絡船の面影をいまに残すカーペットカーは四号車に連結されている。進行方向右側の窓際が通路、残りの部分が座敷になっていて下段用のカーペットが敷かれている。下段は、幅七、八十センチのスペースに枕木方向(レールと垂直方向)に寝るようになっている。クッションもなにもない絨毯敷きだが、頭が来る部分にはカーテンがかかっていて、隣との境界はちゃんとある。上段は座敷が切れた隙間から小さな階段を昇ったところにあって、壁と天井に挟まれた網棚の位置にある。もちろん高さは網棚よりだいぶ低いし、幅もかなり広めになっているので、とても快適なスペースだ。寝る方向は下段と違い、レール方向に寝る。
 下段は一から一七までの十七席(うち一から四まで女性専用)、上段は二一から二八までの八席(うち二一・二二が女性専用)があって、二十メートル級の車両一両当たりの定員はわずか二十五名である。車両の定員は座席車なら六十名ほど、開放型B寝台なら三十名ほどだから、カーペットカーは指定券だけで乗れるとはいえ、実際はかなり贅沢な車両である。しかも寝台でないにもかかわらず、枕と毛布もついている。
 みつこさんと私の座席は八番・九番で、ちょうど車両中央付近にある。
「楽しそう」とみつこさんが雑誌で見つけた車座はまさにこの付近で繰り広げられた光景だ。車内に乗り込んだとき、みつこさんはその絨毯敷きの座敷に陣取り、上着を脱いだり、荷物を整理したり、寝る準備をいそいそとはじめていた。
 二人の席順は、九番の横には上段に昇る階段があるのでみつこさんが寝るには心配かと思っていたら、八番の隣の七番にちょっと太めのおっさんが来たので、私が八番で、みつこさんが九番で寝ることにした。
「か、かたい……」
 いったん寝る姿勢になったみつこさんがまた起き上がって私にいう。そこはやはり寝台ではなくカーペットカーだから床がかたいのはしかたがない。
 車内は出発前からかなり騒々しかった。よさこい帰りの女の子たちが就寝前のしたくをしたり、前の通路をなんども行ったり来たりするおねえさんがいた。座席車までその様子を見にいったりはしないが、出発前の様子から想像するに、神経が高ぶってなかなか寝つけない人が多いはずだ。
 列車は札幌を発車すると次は新札幌に停車し、続いて千歳、南千歳と停まってゆく。「はまなす」の先頭にはディーゼル機関車が一両連結されているが、力が足りないのかどうなのかわからないが、どうも加速時と減速時の前後の揺れが大きい。駅に停まるたびにその前後でガクンガクンと揺れるのがちょっと気になる。
 みつこさんは千歳に着くころには枕の位置を整え、毛布の中にもぐり込んでしまった。満席のカーペットカーの乗客たちもぱたぱたと眠りについてゆく。隣のおっさんはすでに高いびきだ。私はなんだか眠れないのでうとうとしながら長万部まで起きていた。特急ではなく急行なので、消灯はするが車内アナウンスは深夜も遠慮なく続く。長万部発は1時03分。次は函館まで停まらない。

 車掌の案内放送の声、通路を行き交う乗客の足音。ホームのスピーカーからもアナウンスが聞こえてくる。車内が少しばかりざわつき、大きな駅に停まった気配がする。目はほとんどあけず、携帯電話で時間を確かめただけだが、なんとなく意識はある。時間は午前三時前だった。函館だ。
 函館では機関車交換と時間調整のため2時52分から3時22分まで三十分間停車する。せっかくの長時間停車なので機関車交換を見てみたい気もするが、どうにも眠くてカラダが動かない。また眠ってしまった。
 列車が動いた。どうやら函館を発車したらしい。函館からの電気機関車はパワーが違うのか、加速減速がスムーズだ。ディーゼル機関車と比べて、揺れが少ない。コーコーという音がする。眠りながらぼんやりと「ああ、青函トンネルか」と思いながら、また寝てしまう。
 次に目が覚めたときにはもう外は明るかった。自分の頭上のカーテンだけ、少し開けてみる。時間は五時を過ぎたばかりで、急行列車は津軽半島の草原の中を走っている。まだ眠いがそろそろ起きることにした。
 しばらくしてみつこさんが目をさました。
「カラダ、いたい」
 顔をしかめながら絞り出すような声をだす。やはりカーペットだけのところに一晩寝ると背中や尻が痛くなる。それでも豪華寝台より、なぜかこっちのほうが落ち着くから不思議だ。
 五時二十分になると電気がつき、車掌の案内放送がはじまる。周りの乗客もぼちぼちと起きてきて降りる準備をはじめた。津軽線沿いにある車両基地の脇を抜け、左に左にカーブして青森駅の広い構内に入ってゆく。
 ガタンゴトンとポイントをいくつも渡る。海峡線の列車は西側の五番線か六番線に着くことが多いが、列車はさらにポイントをガタゴト通過して、いつもは東北線の列車が発着する二番線に、5時39分定刻に到着した。
 ホームに降り立った乗客たちは一斉に南側にある跨線橋へと歩き出す。改札を出るにしても、ほかのホームに乗り換えるにしても、跨線橋を渡らなければならないから当然である。私たちだけは一番前で機関車を撮りたいので北側に向かう。南へ向かう波に逆らってホームの端をそろそろと歩いていく。
 一番先頭まで来てみると、「はまなす」を引っ張っていたエンジ色の電気機関車はすでに切り離されて、むこうへ走っていってしまった。しかたがないので青い客車をバックに記念写真を撮る。
 東の海の方向を見ると、二月に見学した青函連絡船の八甲田丸がいる。
「あれ、こんなすぐ近くにあるんだ」
 駅の脇を歩いて行ったときは、もっと離れたところにあるように感じたが、ホームの北側先端から見ると、連絡船は駅のすぐ横に停泊している。ふと頭上を見れば、連絡船乗り換え用の跨線橋が廃墟寸前の姿で残っている。
「みちゃん」
「なに」
「この陸橋渡って連絡船に乗り換えたんだよ。ほら、この通路を右の方にずっと行けば、ちょうどあの八甲田丸のところでしょ」
「ホントだあ……」
 あのころ列車を降りた乗客が向かったのは連絡船の乗換口である北側がほとんどで、改札口のある南側に向かう乗客は逆に少なかった。南北の跨線橋両方につながるため、青森駅のホームは列車以上に長い長いホームである。時代は変わり、いまはもう北側の跨線橋は使われていない。長いホームも若干持て余し気味だ。
 きょう六月十五日はこの旅行最終日で、「つがる6号」と「はやて6号」を乗り継いで帰京する。その前に空き時間を使って駅近くの海鮮市場に行ってみようと思う。
 みちゃんと私は長いホームをてくてく歩いて改札口へと向かった。



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