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走れ!バカップル列車
第40号 富良野線と急行はまなす



   三

 新得駅での滞在時間は、2429Dが12時46分に着いてから、13時19分発札幌行き特急「スーパーおおぞら8号」が発車するまでの三十三分である。この三十三分間のために、私たちは半日を費やして旭川から新得に来た。そして私たちはすぐにまた札幌に戻ってしまう。そんなことに時間を使うなら、もっとほかにすることがあるだろうとは自分でも思う。ほかの過ごしかたを考え出せばきりがない。でもそれもこれもぜんぶ含めて、これでいいと思った。なぜかは自分でもよくわからない。
 新得ですませたい用事は二つある。ひとつは駅の立ち食いそばを食べること。そしてもうひとつは、この地方の銘菓である三方六のバウムクーヘンの切り落としというものがあったら、それを買うことである。
 バウムクーヘン切り落としの情報は、私の古くからのお友達で、北海道に百回は渡ったことがあるというめもるさんから入手した。今回は札幌の「根室はなまる」といい、旭川の「自由軒」といい、きのう食べたしょうがラーメンの「みづの」といい、めもるさんに教えてもらった情報をかなり駆使しているので、彼には大いに感謝しなければならない。
 新得に着いた私たちは早速改札口の脇にある立ち食いそば店に駆け込んだ。
 私は天ぷらそば、みつこさんは山菜そばを注文。店のおばちゃんはタッパからラップの包みを広げ、中から黒っぽいそばのかたまりを出してゆがきはじめた。出てきたそばはなんだかのびた感じだが、味はしっかりしていたと思う。
 三方六の切り落としを売る店の名前がわからないので、そば屋のおばちゃんに聞くと、すぐ駅前の玉川菓子店で売っているけど、朝に売り切れてしまうのでいまの時間ではたぶんないだとうとの答え。ダメもとで玉川菓子店に入ってみると、がらんと広い店の中でちっちゃなおばちゃんがぽつねんと店番をしている。
「三方六のバウムクーヘンの切り落とし、ありますか?」
 みつこさんが聞くと、おばちゃんは店の左の奥の方を指さす。そっちへ来てみると、なんと切り落としはまだ残っていた。バウムクーヘンの端っこばかり重なったものがビニール袋に入っていて、しかもでかい。聞けば一キロ入っていて、それなのに値段は六三○円。おばちゃんは「まだあるよ」といってあと二袋持ってきて棚に並べてくれた。安いのはいいけど、一キロなんて大きすぎて持って帰れない。
「じゃあ、ひとつください」
 私が無理だと思いかけていたところへ、みつこさんは間髪入れずにひとつ注文してしまった。この決断の早さはなんだ。すでにおみやげ一式を宅配便で送ったが、さらに荷物が増えてしまう。
「どれがいいですか?」
 三つあるうちのどれがいいかをみつこさんが訊けば、おばちゃんは真ん中のを指さす。切り落としは一枚一枚の大小は不揃いである。その中では枚数の少ないものの方が一枚当たりの厚さがあるのでおいしいという。
 おばちゃんがいうには、この切り落とし、誰かがインターネットで話題にしたらしく噂が瞬く間に広まったのだという。先月は切り落としなのに予約まで入り、店に並べることさえできなかった。六月になってやっと騒ぎが落ち着いてきて、午後にもこうして残るようになったんだそうだ。インターネットなどうちにはないというおばちゃんにしてみれば、なんとも不思議な現象だったろう。
「スーパーおおぞら8号」の発車時刻が迫ってきた。改札口まで来ると、特急列車はすでに駅に近づいている。発着ホームは改札の目の前なので階段の上り下りがないからよかった。ホームを歩いていたら、すぐ脇は立ち食いそば店の裏側で、おばちゃんが窓を開けてこちらを見ている。
「あったのぉ?」
 バウムクーヘンがあったかどうか心配してくれていた。
「ありましたぁ!」
 みつこさんが手に持っている袋を少し持ちあげて、おばちゃんに答えた。その瞬間、銀色車体の特急列車が轟音とともにホームに入線してきた。

 札幌の街はやけに騒がしい。
 あまりよくわかっていなかったのだが、六月十日から十四日までよさこい祭りが開かれていた。けっこう大がかりな行事になっているらしく、旭川滞在中もテレビで連夜中継していたほどだ。とくにきょうは最終日なので異様な盛り上がりを見せている。駅のコインロッカーがすべて埋まっていたのも、晩ごはんにしようとしていたジンギスカンのお店が満員だったのも、「はまなす」の指定席が十四日だけ満席だったのも、どうやらよさこい祭りの影響らしい。
「スーパーおおぞら8号」で札幌に着いたあと、私たちは「はまなす」の時間まで暇を持て余していた。駅の上空にできたタワービルの展望台に行ったり、ただ電車に乗るだけのために小樽まで往復したりした。ジンギスカンの店は入れなかったので、スープカレーを食べた。
 それでも晩ごはんのあとの時間は余ってしまったので、タワービルの二十二階にあるスパに行った。みつこさんは最初スパに行くのを渋ったが、夜行列車に乗る前にお風呂に入るという選択は意外に良かった。むしろ「はまなす」の発車時刻が早いとさえ感じてしまう。みつこさんも私もすっきりして札幌駅にやって来た。
 青森行き急行「はまなす」が発車する五番ホームは活気に満ちていた。
 最近の夜行列車の出発ホームは鉄道おたくのおにいさんがカメラを持って走り回るほかはずいぶんと寂しいものだが、きょうの札幌駅はカラフルな衣装をまとったままのよさこい帰りの女の子たちで溢れていた。ホームに限らず、ここに来るまでの駅前広場やコンコースなどにも大きな荷物を抱えた女の子があちこちにいる。キャスター付きのバッグを転がして闊歩する女の子、はしゃいだり、笑い合ったりしている女の子……。みんなまだ祭りの余韻を残している。その熱気はただすれ違うだけでも伝わってくる。
 そんな異様なテンションがそのまま「はまなす」の車内にも持ち込まれている。こんなに楽しい夜行列車の出発は久しぶりかもしれない。しかも指定券の売れ行きを見て車両を増結したのか、本来二両の寝台車は三両に、三両の指定席は六両になり、通常七両編成の列車は合計十一両という長編成になって、列車までが祭りに加わっている。
 急行「はまなす」は興奮の冷めやらぬなか、22時00分の定刻より二分ほど遅れて、ネオンサインがまぶしく光る札幌の街を出発した。



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