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走れ!バカップル列車
第40号 富良野線と急行はまなす



   二

 朝の空気は肌寒く、冷たい雨がしとしと降っている。
 みつこさんと私は旭川駅六番線に立って、富良野行き普通列車の入線を待っている。きょう二○○九年六月十四日、私たちは富良野、新得と列車を乗り継いで、かなり大回りで札幌に向かう予定である。ホームにはこの列車を待つ人がけっこう多く、地元の人もいるようだが、荷物の大きな旅行者らしき人も多い。
 旭川の富良野線ホーム(六番線・七番線)は、函館本線や宗谷本線・石北本線の列車ホーム(一番線〜五番線)から百メートルほど離れたところにある。とても辺鄙な島流しにでもなったかのような場所だ。いま旭川の駅は高架化工事の真っ最中で、新しい高架駅は五番線と六番線との百メートルの隙間部分につくられている。富良野線ホームも高架になるだろうから、高架化されればやっとほかのみんなと一緒になれる。
 9時24分に旭川に着く上り列車が到着した。四角っぽい比較的新しめのディーゼルカー二両編成である。これが折り返しの富良野行きになる。列に並んで車内に乗り込み、一両目の四人がけボックスを陣取った。ホームに行列していた人たちも二両の車内にばらければそれほどの人数ではない。そこそこ乗っているが乗車率は四割もない。
 富良野線富良野行き727Dは、定刻通り9時29分(*)、旭川駅を発車した。
 雨の煙る中、列車は徐々にスピードをあげてゆく。盛り土の線路を右にカーブしていくと、工事中の高架駅から伸びてきた細長いコンクリートの橋が近づいてきて、駅から一キロほどのところで合流する。高架化工事が完成すればいまの線路もコンクリート橋のほうに切り換えられるのだ。
 列車は鉄橋を渡り、旭川郊外の街中を走る。神楽岡、緑が岡と進むうちに建物はだんだん少なくなり、かわりに田んぼが広がるようになる。国道237号線がすぐ右側に寄り添う。若いママさんの運転する小さな乗用車が並んで走っている。こちらが駅に停車すると追い抜かれてしまうが、発車して加速するとまたママさんに追いつく。
 列車はしばらく上川盆地を南下する。次の西御料から、西瑞穂、西神楽、西聖和と「西」ではじまる駅が四つも連続する。こんなところは日本でもここだけだという。西神楽で上り旭川行きとすれ違う。駅のホームのあちらこちらに咲き乱れている紫色の花はルピナスというらしい。
 西聖和を出るとテープのアナウンスが次の駅は千代ヶ岡と伝える。
「おらが通っていた小学校の隣の小学校は千代ヶ丘小学校だったんだ」
 私がいうと、みつこさんは関心なさそうに「ふうん」とだけ応える。千代ヶ岡に着くと家や建物が多く、そこそこの街になっている。
「学校もあるんだね」
 みつこさんがいう。
「あ!」
 みつこさんが左側の窓をみながら、小さく叫んだ。
「なに?」
「千代ヶ岡小学校だ」
「え、マジ?」
「うん」
「こ、こっちにもあるんだ……」
 千代ヶ岡を過ぎると平地も尽きて線路は少しずつ坂道を登るようになる。とくに北美瑛から上富良野までの区間は丘陵地帯で、一五パーミルから二○パーミルといった勾配が連続する。床下のディーゼルエンジンもフル回転で「ブロロロロロ」と唸りながら列車を動かしている。
 北美瑛と美瑛のあたりは地図を見ると、マイルドセブンの丘とか、パッチワークの丘とか景色の良さそうなところが近くにあるが、両側は切り通しばかりになる。緑の壁が続き、はるか頭上には白樺の林がみえる。だんだん広いところに出てきて、大きな倉庫やおもちゃみたいなカラフルな家とかが見えてきて美瑛に着いた。ここで下車する地元客が多い。駅舎は近くで採掘される美瑛軟石をつかった石造りの重厚な建物だ。
 美瑛を出ると正面にさらに高い丘が立ちはだかっている。いよいよ勾配はきつくなり、線路はカーブを繰り返しながら丘を登ってゆく。
 車窓には本州では見られないような、なだらかで波打つような曲線を描いた丘が続いている。土地はだいたいは畑になっていて、草が生えているところ、土がむき出しになっているところなどいろいろで、まさにパッチワークのようになっている。
「畑、なにつくってんの?」
 みつこさんがきく。
「わかんないなあ」
 あとで調べてみると、ジャガイモや小麦、ビート、アスパラガスなどをつくっているらしい。波打つ丘を登ったり下ったりしながら美馬牛に着いた。旭川から乗っている地元客のうち最後まで残っていた女の子がここで降りた。雨の中、傘をさして踏切を渡っていく。
 美馬牛と次の上富良野の間は富良野線の中でいちばん駅間距離が長く、九・一キロもある。美馬牛からはだいたいが下り坂で、防雪林を抜け、なだらかな丘を見ながら坂を下ってゆく。下りきるとこんどは富良野盆地に入り、畑は線路からだいぶ離れた丘の上に遠のき、手前の平地には田んぼが広がるようになる。
 上富良野からは地元の女子高生たちがわんさか乗ってきた。みつこさんは荷物を網棚の上に載せたほうがいいかとそわそわするが、彼女たちから旅行客に近づいてくることはほとんどない。
 晴れていれば左側には十勝岳、右側には夕張岳が見えるだろうが、雲が低く垂れこめているのでなにも見えない。車窓からはラベンダー畑も見えないし、季節もまだやや早い。ホームや線路脇に咲いているルピナスの花をぼんやり眺めているうちに、10時41分、富良野に着いた。
 旭川から札幌に行くのに、なぜ富良野まで来るかというと、さらにその先の新得という駅のそばを食べたいからである。狩勝峠の麓にある新得町はそばの生産が盛んだといわれ、駅の立ち食いそばも評判らしい。一度行きたかったがなかなか機会がなかったのできょうは楽しみにしていた。
 富良野からは五年前に滝川から釧路までの全区間を乗り通した2429Dに一部分だけ乗る。新得には12時46分に着いた。

 *……「道内時刻表」、現地での標示等によれば、二○○九年六月六日〜八月三十一日は9時29分発に時刻が変更されている。



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