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走れ!バカップル列車
第40号 富良野線と急行はまなす



   一

 旅の計画を立てるときは、どんな列車に乗るかをなるべくみつこさん説明することにしている。今回の北海道行きも同じで、鉄道の旅を特集している雑誌をいくつか開いて、「カシオペア」ならこんな設備、「北斗星」ならこんな感じ、それぞれの食堂車はこんな雰囲気、といったようなことを説明していた。
 往きは「北斗星」にほぼ決まりかけていて、さて帰りはどの列車に乗ろうかと、もう一度雑誌のページをぱらぱらとめくっていた。みつこさんも雑誌の写真をあれこれ見比べている。
「これなあに、楽しそうじゃん!」
 突然みつこさんが記事中の写真を指さしていう。
「ん?」
 その指の先にある写真を見て、私は仰天した。
「え!」
「なんかおばちゃんたちが楽しそうだよ」
 写真の中では、かなり年季のはいったおっさんとおばちゃん数名が車座になって酒盛りをしている。ほかの写真といえば豪華個室寝台の写真ばかりで、みつこさんもそっちにばかり目を奪われるのかと思っていたが、やはりみつこさんの視点はふつうのひととちょっと違う。
「これなに?」
「これは『はまなす』っていう青森と札幌の間を走る夜行の急行列車だよ」
「こんなのばかりなの?」
 みつこさんがいう「こんなの」とはおっさんとおばちゃんが車座になれるようなカーペットの敷いてあるところという意味だ。
「これは一つだけだと思うなぁ」
「へえ、楽しそうじゃん」
「楽しそうっていうけど、『はまなす』はかなり過酷な列車だよ」
「え、そうなの?」
 急行「はまなす」は、「北斗星」と同じく青函トンネル開通と同時に運転を開始した青森〜札幌間の夜行列車である。青函連絡船の夜行便に代わる列車として、連絡船の夜行便と函館〜札幌間の夜行列車を合体させるようなかたちで登場した。自由席、指定席(ドリームカー・カーペットカー)、B寝台といろんな種類の車両が連結されていて、しかも機関車が引っぱる客車列車だ。昔懐かしい昭和の香りがする急行列車はいまやかなり貴重な存在だが、運転時間帯が深夜から早朝までと短いうえに、寝台車は開放型B寝台しかなく、ほかの車両もカーペットカー以外はふつうの座席車しかない。夜行列車としての環境が若干過酷なので、みつこさんと走るバカップル列車には向きそうもない。
 その「はまなす」にみつこさんが興味を示している。このチャンスを逃してはならない。私はどうにかして帰りは「はまなす」に乗ろうと必死になった。
「これは、みちゃんは乗れないと思ってたんだよなあ」
 いつも押しすぎてダメになるので、こんどは引いてみる。
「ほとんど座席車だし、寝台は開放型B寝台だけだし……」
 みつこさんはやや不満そうな顔つきになる。
「でもこれで帰って来れるんだよね?」
「うん、何度か乗り換えするんだけど」
「そっか」
「みちゃん、ホントにこれ乗るの?」
「うん、楽しそうじゃん」
 みつこさんは自分にいいきかせるように、もう一度いう。
「だって札幌は夜遅くに発車して、青森に着くのは朝早くてたいへんだよ」
 いちおう過酷な状況はあらかじめ伝えておいたほうがいい。
「うーん……大丈夫だよ」
「じゃあ、帰りは『はまなす』にしちゃうよ」
 くどいくらいに念を押しておく。
「いいの?」
「うん、いいよ」
 言質はとった。
「じゃあ、カーペットカーの指定席が取れたら、『はまなす』に乗ろう」
 みつこさんが注目した車座の車両は、指定席のうち「カーペットカー」というものだ。通路を除く床部分が靴を脱いであがる座敷になっていて、そこにカーペットが敷き詰められている。かつての青函連絡船の座敷席のような雰囲気だ。連絡船はただ雑魚寝するような感じだったが、こちらは一人一人のスペースが区分されている。通路と反対側の壁際には上段もあり、使いようによってはほとんど個室的なスペースになるので、人気が高いという。狭き門かもしれないが、カーペットカーの上段を二席とることにした。
「はまなす」乗車日の一か月前にあたる五月十四日、再び上野駅の「みどりの窓口」に行き、指定券の注文をした。こちらもまた十時の時報とともにボタンを押してもらおうと思ったのである。
 夕方、同じ窓口に行ってみると、駅員は少々浮かない顔をしている。
「取れるにはとれたんですが……」
 見せられた切符はなんと四枚あった。そのうち二枚は上段が離ればなれになったもの。残りの二枚は隣同士になってるが下段のものだ。
「どちらにしましょうか?」
 急行「はまなす」のカーペットカーが寝台特急「北斗星」の「ロイヤル」より狭き門だったことに少々驚くが、どちらかを選ばなければならない。
「じゃあ、下段の二席をください」
 完全な希望通りではないが、席が離ればなれでは心配なので、しかたがない。フルムーンパスを提示して指定券を発券してもらう。とにかくこれで念願の「はまなす」に乗れるのだ。

 旭川に着いた翌日六月十三日は、旭山動物園で遊んだ。ペンギンも白くまもアザラシもみんな元気だった。モグモグタイムというのがあって、餌やりの時間が掲示されるのでその時間に見にいくと、飼育員のひとたちがその動物の生態とかを解説してくれる。みつこさんも私も夢中になってデジカメやビデオで撮りまくっていたら、お昼にはどちらも電池がなくなってしまった。しかも交換用の電池はうっかり宿に置いてきてしまったので、午後は写真もビデオもろくに撮れなかった。
 ほぼ一日動物園にいて夕方四時ごろのバスで旭川駅前に戻った。
「百円ショップにいってもいいかな」
 バスが駅前に着いたとき、突然みつこさんがそういった。
 なにもここで百均にいかなくてもと思ったが、東京でさんざん探してもないものが、ここならあるかもしれないとみつこさんは主張する。じゃあといって出向いた百円ショップは駅に近く、買物公園通りに面したデパートと呼ばれるファッションビルの五階にある。
「あった」
 みつこさんが鋳物の小さなフライパンを手にとっていう。
「こういうのが欲しかったんだ」
 まさか本当に見つかるとは思わなかった。これを逃したら次にどこで出会えるかわからないので、買っておくことにした。
 旭山動物園で買ったおみやげ、百均で買ったフライパン。合わせるとけっこうなかさになるので、まとめて宅配便で送ってしまった。



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