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走れ!バカップル列車
第38号 秋田内陸縦貫鉄道



   四

 エンジンをフル回転させて、ディーゼルカーは十二段トンネルの勾配を登る。
 ヘッドライトの明かりが天井に当たっているところがサミットだ。ここを過ぎると下り勾配になる。長いトンネルを抜け、さらに短いトンネルをいくつか抜けると戸沢に着く。
 その次の上桧木内では上り列車と交換のため九分停車する。
 私はいったんホームに出たあと、車内に残っているみつこさんのところにまた戻ってきた。
「みちゃん」
「なに」
「五能線に乗ってたときサ、『がっしがっしと雪を踏みたい』って言ってたよね」
「うん」
「この駅、九分停まるから、踏みにいこうよ」
「できる?」
「踏めるとこたくさんあるよ」
「おお、いこういこう!」
 みつこさんと上下の線路に囲まれたホームに出る。ホームの上は除雪はされているが、それ以上に雪が降り続いている。停車時間を使ってホームに出てきている乗客は多いが、まだ誰も足を踏み入れていないところがけっこうある。みつこさんはその誰も踏んでいない雪を上をがっしがっしと踏みしめるように、行進する。向こうのほうまで行っては、また戻ってきたりしている。戻ってくるところには自分の足跡があるのだが、いっこうにかまわないようすである。
「落ちないでよ」
 ホームの反対側も線路なので、見ているだけで心配になる。みつこさんは気が大きくなったのか、思わずしゃがんで雪をつかんだ。
「あ、つめたいよ!」
 やめな、と言おうとしたところで遅かった。素手で雪をつかむなんて、私だってしない。雪は容赦なくつめたい。
「つ、つめたい……」
 雪を振り払いながら、みつこさんの顔はしおしおしてしまった。でもそれほどつめたくもなさそうだ。本当につめたければ手をかかえてうずくまってしまう。
 自分でもつかんでみた。かなり水分を含んでいてしっとりしている。温度もそれほど低くなかった。
 振り続ける雪の向こうから青いディーゼルカーがやってきた。こちらの信号が青になる。
 車内に戻って、みつこさんがいう。
「ここ、紙風船が有名なんだね」
「え、そうなの?」
「ほら、天井に紙風船がぶらさがってるでしょ」
 ふり向いて天井をみると、小さくて四角い気球のようなカタチをした紙風船がぶらさがっている。
「乗ったときから気になってて、よくみると上桧木内ってあるから、あ、ここだって思ったんだよね」
 私は知らなかったが、この上桧木内(旧西木村)では毎年二月十日に紙風船上げというお祭りをするらしい。特に紙風船の生産が盛んというわけではないが、五穀豊穣などを願って行灯のような紙風船を空に放つという。
「紙風船といえばサ」
 みつこさんが話しかけてくる。
「むかし、置き薬のおじさんが紙風船くれたのを思い出したよ」
「それはずいぶんむかしだなぁ」
「ふうってすればすぐふくらんで、ぱんぱんってやって遊べるから好きだったんだ」
「そうかい」
 列車はふたたび新幹線のような線路を走る。トンネルを抜けて鉄橋を渡り、杉の木に覆われた山をくぐり抜け、その山も次第にひらけてきた。12時49分、松葉に着く。ここが旧角館線の終点だが、ホーム一本に線路一本だけの簡素な駅だ。
 八津までくると平野になる。さらに南下して杉木立の脇を右にカーブすると田沢湖線(秋田新幹線)の線路と合流する。しばらく並んで走ると次第に家が多くなり、13時11分、角館に着いた。
 改正鉄道敷設法を拠り所として全線開業した秋田内陸線だが、満席とはいえないまでも全線を通して誰かしら私たち以外の客が乗っていた。鉄道おたくだけでなく、地元のおばあさんや生徒たちもいる。ひどいローカル線になると自分たちだけが乗客だというところもあるが、そうではなかったのが救いである。
 JR駅の脇に「離れ」のように佇む秋田内陸線のホームに降り立つ。その先に、こちらもJRとは独立したこぢんまりした駅舎がある。みつこさんと私は秋田内陸線の改札口を抜けて、角館の街に出た。

 みちのくの小京都といわれる角館を歩くのははじめてである。帰りの秋田新幹線は16時26分のに乗る予定だ。ちょっとでもいいから武家屋敷をみてみたい。
 タクシーに乗って武家屋敷の並ぶ一角に来た。幅の広いまっすぐの道の両脇に敷地の大きな古めかしいお屋敷がある。ところどころ商店もあって、まだ昼を食べてなかったのでそのひとつに入ってうどんを食べた。
 武家屋敷は青柳家、石黒家など見学できる家が六、七軒ほどある。どこを見ようか迷ったが表町下丁にある石黒家にはいることにした。
 入口をはいると受付にメガネをかけたおにいさんがいて、入場券を買うとおばちゃんが屋敷の中を案内してくれる。屋敷は広く天井も高いので寒い。おにいさんもおばちゃんもオーバーを着たままだ。座敷の一隅に雛人形が飾ってある。ずいぶん古そうなのもあって、いまの季節だけ公開しているという。
「写真、お撮りしましょうか?」
 おにいさんが囲炉裏のところと雛人形の前で写真を撮ってくれた。カメラを返してもらいながら、みつこさんがおにいさんに声をかけた。
「NHKのテレビに出ていましたよね?」
 おにいさんは恥ずかしそうに笑う。
「うーん、いつのだろう? いろいろ出てますから……」
 私にはなんのことやらわからない。みつこさんがいうには、このおにいさんがテレビに出ていて、石黒家のご当主として紹介されていたのだという。
「え? ご当主」
 驚いた。私たちなんぞが直接話もできないような身分の人に写真まで撮ってもらったのだ。みずから屋敷の受付や案内をするなんて、ずいぶんと気さくなご当主である。しかも若い。文化財にもなるような大きな屋敷の主というだけで相当な重圧だろうとおもう。いまの世の中では、いろいろと苦労もあっただろう。
 秋田新幹線「こまち24号」は三分ほど遅れてやってきた。左に秋田内陸線を見送り軽やかに走る。ところがもうすぐ田沢湖に着くというトンネルの手前で急ブレーキがかかり、「こまち」はぴたっと停まってしまった。カモシカと衝突したらしい。
 この山奥でいつまで停まるのだろう。なんだか急におなかがすいてきた。



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