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走れ!バカップル列車
第38号 秋田内陸縦貫鉄道



   三

 鷹巣をでた秋田内陸線の線路は、奥羽線の線路と分かれると九十キロ先の角館をめざして南に進む。米代川の鉄橋を渡ると右に左にカーブしながら小さな山を越える。線路の両脇は鬱蒼とした杉林で、幹がまっすぐ立ち並ぶ上空には黒々とした葉が茂っている。
 林を抜けると合川に着く。国鉄時代から残っている薄緑色の駅舎の屋根には雪が五十センチは積もっている。ここで鷹巣行きの上り列車と交換する。雪の中を二、三分ほど待つと、車体が黄色一色にペイントされたディーゼルカーがやってきた。こちらはあまり垢抜けないクリームと赤のツートンカラーなのに比べ、ずいぶんとおしゃれな色合いにみえる。おそらく車両の形式は同じだろうが、なんだか向こうの乗客がうらやましい。
「発車しますよ」
 雪の中で写真を撮るおにいさんたちに向かって運転手が声をかけるが、おにいさんたちは撮影に夢中になっていてなかなか乗ろうとしない。それでもなんとかドアは閉まって発車する。ワンマンカーの運転手はたいへんである。
 次の上杉(かみすぎ)は杉林の中にぽつねんと佇む小さな駅だ。使っているのかいないのかわからない待合室のガラス窓に、近所の人たちが書いたと思しき標語が貼ってある。
「乗って走ってもらおう内陸線」
「窓の四季ながめて走る内陸線」
「あの人と今日も会えるか内陸線で」
「車イス乗りおり出来ますおらが駅」
 駅のすぐ前の、ふつうなら駅舎があるような場所に木造の「上杉あいターミナル」という建物が堂々と建っている。公民館のような施設のようだが、こんな季節だからかあんまり人の気配がしない。
 米内沢(よないざわ)をすぎると右側に阿仁川が見えてきた。ゆるやかなカーブを描く阿仁川に沿って線路は進む。川を遡るから登り坂である。舞い上げた雪を置きみやげに、エンジンをぶるぶるいわせてぐんぐん登る。車内の暖かい空気はガラス窓を曇らせ、その外側には雪が付着するからまるで視界がきかない。
 阿仁前田を出て、阿仁川の支流をゆるやかにカーブする鉄橋で渡る。その次の前田南あたりまでは家並みが続くが、南に走るにつれて山が深くなり、雪も多くなる。町を抜けて、枝まで雪に覆われている木々の中を抜けると、再び右窓に阿仁川が見えてくる。なにもかもが真っ白の世界の中で、川だけが黒々とした姿を横たえている。
 左斜め前のボックスに座っている赤いジャージのおっさんは、右に川が見えてくると立ち上がって右側から窓の外を覗こうとする。右側のボックス席に移りたそうだが、あいにく右側のボックスも一人、二人と住人が居て移れそうにない。
 11時38分、阿仁合に着いた。降りるひとがけっこう多い。私たちの二つ前のボックス席がまるまるあいたので、赤いジャージのおっさんはようやく右側の席に移動できたようである。
 阿仁合は秋田内陸縦貫鉄道の本社がある駅である。運転上の要衝の駅にもなっていて、阿仁合止まりや阿仁合始発の列車が多い。駅の脇には車庫があって、赤や青やオレンジのディーゼルカーが雪の中に佇んでいる。ここで運転手が交替した。阿仁合から乗ってくるひとも多い。

 11時40分、阿仁合を発車した。再び右窓に阿仁川を見ながら走る。荒瀬、萱草と無人駅にもひとつひとつ停車する。山はいよいよ深くなっているようだが、左右に山が迫ってきているのかいないのか、とにかく視界が真っ白なのでよくわからない。
 笑内は「おかしない」と読む。おかしな駅名だがもとはアイヌ語の地名らしい。この先に阿仁マタギという駅があるように、この付近は集団生活を営みながら狩猟をおこなうマタギの集落がある。笑内や戸沢など秋田内陸線近くの集落もあるが、荒瀬の先の露熊(つゆくま)、萱草の先の根子(ねっこ)、阿仁マタギの先の打当(うっとう)など多くは山深く入ったところにある。
 本当にもうなんにも見えなくなった。夜ではないのになにもみえない。真っ白い闇のなかにさまよったかのようである。みつこさんは「まぶしい」といったきり、目をつむってしまった。
 比立内(ひたちない)に着いた。二分停車する。ここが旧阿仁合線の終点で、ここから先が第三セクターになってからの新線である。
 雪のホームに降り立って前方を見ていると、降り続く雪の中に二灯のライトが見えてきた。ここですれ違う鷹巣行きの急行「もりよし」だ。この急行は二両編成の新型車両を使っていて、下り二本、上り一本運転されている。私鉄にはめずらしい有料の急行で、急行料金は五○キロまでが一六○円、五一キロ以上が三二○円となっている。
「もりよし」が近づいてきて、反対側のホームに停車した。こちらの運転手と「もりよし」の車掌がなにか連絡をとりあっている。この先の線路の状態を確認しているのだろうか。
 こちらのディーゼルカーの先は完全に雪に埋まっている。近くに運転手がいたので尋ねてみた。
「こんなに雪が積もっているのに平気なんですか?」
「このくらいなら大丈夫ですね。連結器の下くらいまで積もると除雪しないと走れないんですが、これよりもうちょっと積もったくらいまでなら速度落とせば走れます」
 時間になり、12時3分に比立内を発車した。「大丈夫ですか?」ときいてはみたが、駅の先は「もりよし」が走ったばかりだから線路が見えている。しかし降る雪は強く、ものの数分も走ると線路は再び雪に隠れてしまった。
 比立内から先は昭和四十年代以降に建設された区間だから、ローカル線とはいえ、線路の敷き方が新幹線みたいである。谷を回り山を除けというより、谷は鉄橋で渡り、山はトンネルで抜ける。線路もまっすぐの区間が多くなり、カーブも半径の大きなゆったりとしたカーブだ。
 左右に迫る杉林を抜け、トラス形の鉄橋を渡るとトンネルに入る。運転席の脇の窓から前方を見ていると「ピョー」という汽笛とパタンパタンというワイパーの動く音ばかりが聞こえてくる。
 小さな待合室があるだけの奥阿仁に停車し、さらにトンネルを抜けると阿仁マタギに着く。座席にすわっていたおにいさんたちが申し合わせたように立ち上がり、ぞろぞろと降りてゆく。ここから二キロほど先のマタギの集落打当に温泉が出ているのでそこに出かけるのだろうか。それまでいた乗客の半分くらいが降りたので、車内はがらんとしてしまった。
 次の戸沢までは八・九キロもある。その間に長さ五六九七メートルの十二段トンネルがある。森吉山をはじめとする出羽山地の急峻な山をこのトンネルで越え、北秋田市(旧北秋田郡)から仙北市(旧仙北郡)へ抜ける。同じ秋田県内だがまるで県境であるかのような人里離れた山奥である。
 阿仁マタギの駅を出ると線路はゆるいカーブを右に曲がりながら走る。山は左右だけでなく前からも迫り、立ちはだかる山すそにぽっかり黒い口をあけたトンネルがある。十二段トンネルだ。「ピヨー」と長い汽笛を鳴らしてディーゼルカーはトンネルに入った。



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